最高裁判所第一小法廷 平成4年(オ)1179号 判決 1994年1月20日
上告人 国
指定代理人 増井和男 都築弘 小磯武男 野本昌城 小巻泰 江口幹太 野崎彌純 富田善範 齋藤博志 松下文俊 ほか一〇名
被上告人 柴田敏男 ほか三二四名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人加藤和夫、同中野哲弘、同鈴木健太、同加藤昭、同小巻泰、同黒川裕正、同野崎彌純、同富田善範、同齋藤博志、同辻三雄、同長澤純一、同杉江昭治、同奥田哲也、同鶴見正信、同日原勝也、同長濱克史、同石濱正彦、同横田和男、同吉本秀樹、同落合進の上告理由第一点について
原審は、本件において被上告人らが請求するところは、被上告人らはそれぞれさまざまな被害を受けているけれども、本件においては各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めるのではなく、それらの被害のうち被上告人ら全員に共通する最小限度の被害、すなわち、一定限度までの精神的被害、睡眠妨害、静穏な日常生活の営みに対する妨害及び身体に対する侵害等の被害について各自につきその限度で慰謝料という形でその賠償を求めるものであるとした上、右の趣旨に沿って被害の発生とその内容について検討を加えたものである。右のような請求及び判断の方法が許されることは、当裁判所の判例(最高裁昭和五一年(オ)第三九五号同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁)の趣旨に照らして明らかであり、右の点及びその他の所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。論旨は採用することができない。
同第二点について
原審の認定した航空機騒音による会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考、読書、家庭における学習等知的作業に対する妨害及び睡眠妨害並びに精神的苦痛が法的に保護された利益の侵害になることはいうまでもなく、本件空港の供用行為が第三者に対する関係において違法な法益侵害となるかどうかについては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情も考慮し、これらを総合的に考察して判断すべきものであるところ(前記大法廷判決参照)、原審の適法に確定した事実関係の下においては、右のような総合的な考察をした上で、上告人の本件空港の供用行為が被上告人らに対する関係で違法となるとした原審の判断は、正当として是認することができ、論旨は採用することができない。
同第三点について
原判決は、昭和五二年一月一日以降に本件空港周辺地域に転入した者についていわゆる危険への接近の法理を適用して慰謝料基準額から二割の減額をしたものと解されるところ、所論は、右法理を適用する場合には全額の免責が認められるべき旨、また、昭和二七年四月以降の転入者についても右法理を適用すべき旨を主張するが、この点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らして是認し得ないものではない。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 大堀誠一 味村治 小野幹雄 三好達 大白勝)
上告理由
第一点 被害に関する認定判断の誤り
原判決は、本件空港に離着陸する航空機の騒音により被上告人らに「共通の被害」が生じていると認定判断した。
しかしながら、以下のとおり、その判断過程には理由不備又は理由齟齬があるほか、その事実認定には経験則違背、採証法則違背又は立証責任分配の法則の解釈・適用を誤った違法があり、かつ、これらの違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
一 「共通の被害」について
1 「一部平均的な住民」の被害をもって「全員に共通する最小限度の被害」としたことについての理由不備、理由齟齬、経験則違背
原判決は、被上告人らの本件損害賠償請求につき、「各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めているのではなく、それらの被害の中には本件航空機の騒音等によって原告ら全員が最小限度この程度までは等しく被つていると認められるものがあり、このような被害を原告らに共通する損害として、各自につきその限度で慰謝料という形でその賠償を求める趣旨であると理解される。」(原判決引用の第一審判決B四四裏八行目から末行まで)とした上、「当裁判所としては、本件損害賠償請求に関する右の理解からして、原告らの主張する被害事実については、本件空港に離着陸する航空機の騒音等の性質、内容、程度に照らし、周辺住民としてこれに暴露される原告ら各自が等しく少なくともその程度までは被つているものと考えられる被害がいかなるものであるかを把握するという見地から、被害及び因果関係の有無を認定判断すれば足りると考える。」(原判決引用の第一審判決B四五表末行から同裏六行目までとして、原判決において認定する被害は、被上告人ら「全員に共通する最小限度の被害」であると判示した。ところが、原判決は、右のとおり、その認定する被害は「全員に共通する最小限度の被害」であるとしながら、「被害の立証に当たつては、被控訴人らの全員について各人別にそれぞれ個別的な被害を立証する必要はなく、被控訴人らのうち一部の平均的な住民について前記の被害が立証されるならば、他の被控訴人らについても同種同等の被害が立証されたものというべきである。」(原判決第一分冊四九ページ五行目から九行目までと判示し、結論としては、被上告人らのうち「一部の平均的な住民」に認められるとする航空機騒音による「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害、睡眠妨害並びに精神的苦痛」(原判決引用の第一審判決B八八表一一行目から一三行目まで)の被害をもって被上告人ら「全員に共通する最小限度の被害」であるとしている。
しかしながら、仮に、原判決のいうように各人の個別的被害の立証が必要でない場合があるとしても、それは、一部の者の被害が立証された場合において、これを他の者との関係で間接事実として被害の認定の用に供すれば他の者の被害を経験則上推定することができるときは、その直接の立証が不要となる、ということを意味するにすぎないところ、本件で問題とされている航空機騒音による被害に関しては、その発生の有無が当該騒音をめぐる様々な、かつ、個別的な条件によって規定されるのであるから、「一部の平均的な住民」についての被害から「全員に共通する最小限度の被害」が推定できるとは、経験則上も、論理法則上も到底いえないのである。
これを本件に即して具体的にみると、原判決が引用する第一審判決が理由第四、一、2、(二)において認定するとおり、航空機騒音の影響は、「騒音の大きさ、高さ、持続時間、繰返し回数、衝撃性、突発性、これらの物理的性質の変動等」(第一審判決B四七表七行目から九行目まで)といった騒音側の条件や、「性別、年齢、労働の種類、就眠・覚醒の別、身体及び健康状態、性格等」(同B四七表一三行目から一四行目まで)といった騒音を受ける人間側の条件、さらには、「発生源と受音者との距離、建物の配置、家屋構造等の物理的条件のほか、人間の騒音に対する馴れ・経験、騒音発生源に対する利害等の社会的関係等の因子」(同四七裏五行目から八行目まで)といった騒音と人間との間の条件によって異なるものであり、被上告人らの中には、これら諸条件が異なる様々な者が存するのである。したがって、原判示のように、被上告人ら「全員に共通する最小限度の被害」を本件損害賠償請求の判断の基礎に置こうとするのであれば、それは、被上告人らすべてに妥当することを要するものであるから、被上告人らの中で騒音等の影響が最も小さい者の条件を確定して、その条件の下での被害の有無、程度を明らかにする以外に、その認定は不可能というべきである。
すなわち、本件で問題とされている被害は、本件空港に離着陸する航空機が発生する騒音等の影響によるものをいうのであり、右の航空機騒音による影響を判断する上で考慮すべき前記諸条件は、被上告人ごとに様々であるのであって、仮に、右のような条件の異なる被上告人らのうち一部の平均的な住民についてその被害が立証されたとしても、それは当該一部の被上告人についてその被害が認定されるにとどまるのであって、経験則上、この事実から、直ちに右諸条件が異なる他の被上告人らに同等の被害が発生していると推定することは到底できないのである。このことは、平均的な住民よりも航空機騒音の影響を受けにくい諸条件下にある住民のことを想定すれば明らかであろう。
しかるに、原判決は、前記のとおり、何ら特段の理由を示すこともなく、被上告人らの「一部の平均的な住民」に前記のような被害が認められるとし、そこから直ちに、右の「一部の平均的な住民」とについて被害が立証されるならば、他の被上告人らについても同種同等の被害が立証されたものというべきであるとした上、被上告人らの「一部の平均的な住民」とその余の被上告人らとの間の航空機騒音による影響を判断する上で考慮すべき前記諸条件の異同等について何ら顧慮することなく、右被害をもって、被上告人ら「全員に共通する最小限度の被害」であると認定しているものであって、右被害の認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
なお、この点に関して最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法廷判決(民集三五巻一〇号一三六九ページ。以下「大阪空港最高裁判決」という。)は、「被上告人らが請求し、主張するところは、被上告人らはそれぞれさまざまな被害を受けているけれども、本件においては各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めるのではなく、それらの被害の中には本件航空機の騒音等によつて被上告人ら全員が最小限度この程度まではひとしく被つていると認められるものがあり、このような被害を被上告人らに共通する損害として、各自につきその限度で慰藉料という形でその賠償を求める、というのであり、それは、結局、被上告人らの身体に対する侵害、睡眠妨害、静穏な日常生活の営みに対する妨害等の被害及びこれに伴う精神的苦痛を一定の限度で被上告人らに共通するものとしてとらえ、その賠償を請求するものと理解することができる。」と判示した上、「本件空港に離着陸する航空機の被上告人らの居住する地域に及ぼす騒音等の性質、強度、頻度等が原判決において認定されたようなものである場合において、被上告人らのすべてに共通して原判示のような不快感、いらだち等の精神的苦痛及び睡眠その他日常生活の広範な妨害を生ずるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認することができないものではな」いと判示するが、同判決は、決して「被害の立証に当たつては、被控訴人らの全員について各人別にそれぞれ個別的な被害を立証する必要はなく、被控訴人らのうち一部の平均的な住民について前記の被害が立証されるならば、他の被控訴人らについても同種同等の被害が立証されたものというべきである。」(原判決第一分冊四九ページ五行目から九行目まで)などという本件の原判決のような判示を是認してはいないのである。要するに、大阪空港最高裁判決は、当該事件につき被上告人らのすべてに共通して原判示のような被害を生ずるとした「原審の認定判断」を、原判決挙示の証拠関係に照らして、消極的に是認したにとどまるものであって、一部の平均的な者についての被害の立証によって、他の者についても同種同等の被害が立証されたことになるとの本件の原判示のような誤った見解を是認したり、これに言及したりしているものでないことは明らかである。
2 具体的事実認定に基づかずに「全員に共通する最小限度の被害」を認定したことについての理由不備、理由齟齬、採証法則・経験則違背
原判決は、前述のとおり、「全員に共通する最小限度の被害」を被害として認定するとして、本件空港に離着陸する航空機が発生する騒音によって被上告人らは「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害、睡眠妨害並びに精神的苦痛を相当程度に被つてきたものと認められる」(原判決引用の第一審判決B八八表一一行目から末行まで)と判示している。
しかしながら、以下に述べるとおり、かかる被害が存在することを認めるに足りる証拠はなく、また、原判決の認定に係る被害は、「全員に共通する最小限度の被害」とは到底いえないことはもとより、「平均的な住民」の被害とさえもいえないものであって、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、証拠に基づかずに事実認定をした採証法則違背及び経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(一) 「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」について
(1) 原判決は、「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」について、第一審判決を引用して、「本件空港の周辺住民が、強大な航空機騒音により、日常生活において会話や電話による通話及びテレビ・ラジオの視聴を妨害されること、これらの生活妨害により、相手方との意思疎通の円滑を欠き、焦燥感をあおられ、家族の団らんが破壊され、また、趣味や娯楽生活及び営業活動等に支障をきたすなどの悪影響を受けていることが肯認される」とした上、「右各般の生活妨害は、騒音がNNIで四〇、音の大きさの単位で六五ホン程度に達すれば、相当重大なものとなり、更にNNIで五〇、七五ホン程度に至れば、耐え難いものになると認められる。」(原判決引用の第一審判決B五五表二行目から一一行目まで。なお、NNIについては後記一六ページ参照。)と判示し、「本件空港周辺の住民は、それぞれ、」「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」「を相当程度に被つてきたものと認められる」(原判決引用の第一審判決B八八表九行目から末行目まで)としている。
原判決の「騒音がNNIで四〇」に達すれば「相当重大なもの」となり、「NNIで五〇」に至れば「耐え難いもの」になるとする右の認定判断は、「横田飛行場周辺地域におけるNNIの値の増加と住民の『家族との会話』『電話による通話』及び『ラジオ・テレビ・レコードの聴取』に対する妨害の各訴え率の増加との関係に、共通した傾向が現れ、右訴え率(パーセント)はいずれもNNI四〇台で五〇前後、五〇台で九〇に達している。」(原判決引用の第一審判決B五二裏四行目から九行目まで)との認定に基づくものと思われるが、右訴え率は、調査対象者の中で当該妨害を訴える者の割合を示すものであり、特定の者がうける妨害の程度を表すものではない。したがって、右認定を根拠に、「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」について、「騒音がNNIで四〇」に達すれば「相当重大なもの」となり、「NNIで五〇」に至れば「耐え難いもの」になるとする原判決の認定判断には、理由不備又は理由齟齬がある。
ちなみに、原判決が引用する第一審判決も認定するとおり昭和四五年に行われた東京都公害研究所のアンケート調査(<証拠略>。以下「昭和四五年東京都アンケート調査」という。)によれば、「家族との会話」に対する妨害について「会話を中断する」との訴え率は、NNI四〇台で約二〇パーセント、NNI五〇台で約七〇パーセント、NNI六〇台で約九〇パーセントであり(原判決引用の第一審判決B五二裏一三行目からB五三表一行目まで)、「ラジオ・テレビ・レコードの聴取」に対する妨害について「非常に大きくしても聞こえない」との訴え率は、NNI四〇台で約一四・八パーセント、NNI五〇台で約五五・六パーセント、NNI六〇台で約七五・二パーセントであり(原判決引用の第一審判決B五三表五行目から七行目まで)、「電話による通話」に対する妨害について「通話を中断する」との訴え率は、NNI四〇台で約三一パーセント、NNI五〇台で約八六パーセント、NNI六〇台で約九六パーセントであった(原判決引用の第一審判決B五三表一一行目から一三行目まで)のであり、「会話を中断する」、「非常に大きくしても聞こえない」、「通話を中断する」というレベルの妨害についても、訴え率は、NNI五〇台で、それぞれ約七〇パーセント、約五五・六パーセント、約八六パーセントと、なお共通の被害といい得るには至っていないのである。
(2) また、一般的にNNIが増加すれば「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」に対する訴え率が増加する傾向にあるということはいえるとしても、NNIと訴え率の間の関係には普遍性はなく、調査対象となる飛行場ごとに異なるものである。このことは、そもそもNNIとは、航空機騒音のうるささ(annoyance)を評価するために社会調査と騒音の実測との対応から導かれた指標で、航空機騒音のピークレベルのエネルギー平均をもとに、ある設定期間に聞こえた機数を計算に取り入れた合成尺度であって、PNL+15log N-80という公式によって算出される航空機騒音自体の評価値であり(<証拠略>)、そこにおいては、「性別、年齢、労働の種類、就眠・覚醒の別、身体及び健康状態、性格等」(原判決引用の第一審判決B四七表一三行目から一四行目まで)といった騒音を受ける人間側の条件、さらには、「発生源と受音者との距離、建物の配置、家屋構造等の物理的条件」、「人間の騒音に対する馴れ・経験、騒音発生源に対する利害等の社会的関係等の因子」(第一審判決B四七裏五行目から八行目まで)といった騒音と人間との間の条件など、騒音の影響の有無、程度を判断する上で考慮すべき他の要素が全く考慮されていないことによるのである。したがって、特定の時点での特定の飛行場周辺におけるNNIと騒音影響の有無、程度との関係から他の飛行場における航空機騒音の影響の有無、程度を判断するためには、NNI以外の右考慮要素に異なる点がないかどうかを十分吟味する必要がある。しかるに、原判決は、この点についての検討を怠り、昭和四五年東京都アンケート調査によって認められる、横田飛行場周辺における昭和四五年当時のNNIと住民の「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」についての訴え率との関係から、軽々に本件空港周辺の航空機騒音による「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」の有無、程度を認定判断しているのであって、原判決の右認定判断には、理由の不備があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
殊に、「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」は、いずれも大半が住宅内において発生する妨害であるから、その妨害の原因となる航空機騒音は住宅内に到達する騒音であるべきところ、昭和四五年東京都アンケート調査が実施された当時、横田飛行場周辺に所在する住宅に対しては防音工事が施工されていなかったのに対し、本件空港に関しては、平成元年の時点では住宅防音工事の施工が被上告人ら周辺住民にほぼ全世帯で完了していた(原判決第一分冊五九ページ四行目。第一審判決B一一三表末行目から同裏一行目まで)のである。そして、原判決は、被告の実施した右住宅防音工事の成果について、原審で実施された検証の結果から、本件空港周辺の防音工事が施工された住宅内におけるWECPNL(加重等価平均感覚騒音レベル)が、昭和四八年に設定された「航空機騒音に係る環境基準」において環境基準が達成されたのと同等の屋内環境であるとされるWECPNL六〇を下回っていることを認定した上、「検証場所は特別な防音工事が実施されたものではないから、他の民家防音工事もほぼ同一の成果があると認められるほか、公共施設である筥松会館及び筥松小学校における遮音効果も充分であり、特に教育施設である筥松小学校の教室防音工事の効果は極めて顕著であることが認められる。右の事実から防音工事全体の減音効果を推量すれば、個々的に家屋の構造ないし老朽化等による遮音効果不全の事例はありうるとしても、全体としては防音工事による遮音効果としては充分の成果を挙げていることが窺える。」(原判決第一分冊五八ページ六行目から五九ページ二行目まで)と認定しているのである。ところが、原判決は、このことを全く考慮することなく、横田飛行場周辺において住民防音工事が実施されていなかった当時の調査である昭和四五年東京都アンケート調査によって認められるNNIと「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」についての住民の訴え率との関係をそのまま用い、本件飛行場周辺の航空機騒音による被害を認定したのであり、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(3) さらに、原判決は、第一審判決を引用して、「原告らは、陳述書、本人尋問等において、会話や電話による通話が妨害され、テレビやラジオの音声が聞き取り難くなり、また航空機が通過する際、テレビの画像が乱れることを訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告ら全世帯の約五割強である(なお、陳述書を提出するか又は本人尋問を行つた原告ら世帯数の割合は、右全世帯の約三分の二である)。」(原判決引用の第一審判決B四九表五行目から一一行目まで)と判示しているのであり、本件空港における航空機の運航活動の差止めを求め、そのための積極的活動を展開している被上告人らのうちですら全世帯の四割以上が「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」を訴えていないのであるから、本件空港周辺地域の住民一般に「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」の被害が発生しているものと即断することができないことはもちろん、被上告人らについてその全員が共通して「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」という被害を受けているということもできないのである。したがって、原判示のように「原告ら各自が等しく少なくともその程度までは被っていると考えられる被害があるものであるかを把握するという見地から、被害及び因果関係の有無を認定判断」するというのであれば、本件では、「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」という被害の存在は否定されてしかるべきはずである。それにもかかわらず、原判決は特段の理由を示すこともなく、前記のとおり、「本件空港の周辺住民が、強大な航空機騒音により、日常生活において会話や電話による通話及びテレビ・ラジオの視聴を妨害されること、これらの生活妨害により、相手方との意思疎通の円滑を欠き、焦燥感にあおられ、家族の団らんが破壊され、また、趣味や娯楽生活及び営業活動等に支障をきたすなどの悪影響を受けていることが肯認される」として、「本件空港周辺の住民は、それぞれ、」「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」「を相当程度に被つてきたものと認められる」と判示しているのであって、原判決には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(二) 「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」について
(1) 原判決は、「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」について、第一審判決を引用して、「騒音レベルが極めて高い場合には、思考、読書、学習等の知的作業能率に悪影響を及ぼすことは明らかといえるが、それ以下においては、作業内容、環境、人間の心理的作用等の要因によつて複雑に修飾されるため、航空機騒音が精神的作業に対して妨害的に働くか否かにつき、厳密な科学的究明はなされていないといわざるを得ない」としながら、「前記諸調査、実験結果によつて、航空機騒音が複雑且つ高度の精神作業に対し妨害的に働くこと、騒音レベルが高くなるにつれ、右妨害の程度は強まる傾向にあること、航空機騒音がNNI五〇以上に至れば、思考、読書、学習等知的作業に対し、看過できないほどの妨害作用を及ぼすものであることは、一応示されているといえる。」(原判決引用の第一審判決B五八表九行目から同裏七行目まで)と判示し、結論としては、本件空港周辺の住民は、それぞれ、「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」を「相当程度に被つてきたものと認められる」(原判決引用の第一審判決B八八表一一行目から末行目まで)としている。
しかしながら、原判決が右のように「航空機騒音がNNI五〇以上に至れば、思考、読書、学習等知的作業に対し、看過できないほどの妨害作用を及ぼすものである」と認定したのは、昭和四五年東京都アンケート調査及び関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年一一月に発表した報告書(<証拠略>)を主たる根拠とするものと思われるが、右各書証から原判決が認定した事実は、「昭和四五年東京都アンケート調査の結果では、思考及び読書に対する妨害の訴え率(パーセント)は、前記の会話、テレビ等の視聴に対する訴え率よりやや低く、NNI三〇台で約三〇、四〇台で約四〇、五〇台で約七〇、六〇台で約八〇であり、『じやまの程度』においては、NNI四〇台で『少しじやまになる』より『ふつう』に近く、五〇台では『ふつう』を超え、六〇台では『かなりじやまになる』に達していた。」(原判決引用の第一審判決B五六裏一三行目から同五七表六行目まで)という事実及び、「関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年一一月に発表した報告書によれば、大阪国際空港周辺の八都市の住民に対するアンケート調査の結果、思考、読書に対する妨害の訴え率とNNIの値との間に相関関係が見出され、NNI三五で『かなりじやまになる』との訴え率(パーセント)が五〇を超え、子供の勉強に対する妨害の訴えになると、NNIの値が高まるにつれて急傾斜で増加し、NNI三〇で六五に達するとしている。」(原判決引用の第一審判決B五七裏二行目から九行目まで)という事実にすぎないものであり、その他NNIの値と「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」との関係については何らの認定もされていないのである。かえって、原判決は、前述のとおり、「騒音レベルが極めて高い場合」を除き、「作業内容、環境、人間の心理的作用等の要因によつて複雑に修飾されるため、航空機騒音が精神的作業に対して妨害的に働くか否かにつき、厳密な科学的究明はなされていない」と判示しているのである。すなわち、右認定された事実からNNIの値が増加すればそれに伴って「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」の訴え率が増加することは認められるものの、NNIの値がいくらになればその妨害が発生し、また、その値がどの程度に達すればその影響が無視し得ない程度に達するのかについては科学的究明がされていないことは、原判決自身認定しているところである。しかるに、原判決は、何らの根拠も示さず、結論として、前述したとおり、「航空機騒音がNNI五〇以上に至れば、思考、読書、学習等知的作業に対し、看過できないほどの妨害作用を及ぼすものであることは、一応示されている。」と認定しているのであって、原判決の右認定判断には理由不備又は理由齟齬がある。
(2) また、前記第一点、一、2、(一)において詳述したように、特定の時点における特定の飛行場周辺において認定されるNNIと騒音影響の有無、程度との関係から他の飛行場における航空機騒音の影響の有無、程度を判断するためには、NNI以外の考慮要素に異なる点がないかどうかを十分吟味する必要があるところ、昭和四五年東京都アンケート調査時点における横田飛行場周辺の住宅にも、また、関西都市騒音対策委員会の調査時点における大阪国際空港周辺の住宅にも防音工事は施工されていなかったのであるから、仮に、横田飛行場周辺及び大阪国際空港周辺においては、それぞれ調査当時、「航空機騒音がNNI五〇以上に至れば、思考、読書、学習等知的作業に対し、看過できないほどの妨害作用を及ぼすものであ」ったことが認められたとしても、そのことから直ちに、周辺住民の住宅に対する防音工事の施工がほぼ完了していると認められる本件空港においても、横田飛行場周辺等と同様に「航空機騒音がNNI五〇以上に至れば、思考、読書、学習等知的作業に対し、看過できないほどの妨害作用を及ぼ」しているものと推定することはできない道理である。それにもかかわらず、横田飛行場周辺等における右両調査時点の民家防音工事の進ちょく状況と本件空港周辺における民家防音工事の進ちょく状況の相異点を顧慮することなく、本件空港周辺においても、「航空機騒音がNNI五〇以上に至れば、思考、読書、学習等知的作業に対し、看過できないほどの妨害作用を及ぼすものであることは、一応示されている。」とした原判決の判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(3) さらに、原判決は、第一審判決を引用して、「原告らは、陳述書、本人尋問等において、思考、読書、家庭における学習等の知的作業を妨げられたことを訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告ら全世帯の三割弱である。」(原判決引用の第一審判決B五五裏一三行目から同五六表二行目まで)と判示し、被上告人らのうちですら全世帯の三割弱しか「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」を訴えていないことを認めているのであるから、本件空港周辺地域の住民一般に「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」の被害が発生しているものと即断することができないことはもちろん、被上告人らについて、その全員が共通して「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」という被害を受けているということもできない筋合いである。したがって、「原告ら各自が等しく少なくともその程度までは被つていると考えられる被害があるものであるかを把握するという見地から、被害及び因果関係の有無を認定判断」するというのであれば、「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」という被害の存在は否定されてしかるべきはずである。それにもかかわらず、原判決は特段の理由を示すこともなく、前記のとおり、「本件空港周辺の住民は、それぞれ、」「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」「を相当程度被つてきたものと認められる」と判示しているのであって、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(三) 「睡眠妨害」について
(1) 原判決は、睡眠妨害について、第一審判決を引用して、「強大な騒音により睡眠が妨害されることは明らかであるが、睡眠妨害の長期的影響については、その実験データが殆ど存在しないので、直ちにこれをうんぬんすることはできない。」としながら、「前記の諸調査、実験研究結果によれば、NNI五〇ないし六〇台で半数近くの者が睡眠妨害を訴え、騒音レベルが高くなるにつれて睡眠妨害の程度が強まる傾向にあること、断続騒音も連続騒音と同様に睡眠妨害をもたらすことが明らかにされたといえる。したがって、本件空港周辺において、長期間にわたり、強大な騒音に暴露された場合には、睡眠が妨害され、これによつて疲労の回復も妨げられ、老人や病弱者の健康に悪影響を及ぼす可能性があることは否定できない。」(原判決引用の第一審判決B六五裏二行目から一三行目まで)と判示し、本件空港周辺の住民は、それぞれ、「睡眠妨害」を「相当程度に被つてきたものと認められる」(原判決引用の第一審判決B八八表一一行目から末行目まで)としている。
しかしながら、原判決が認定するNNIの値と睡眠妨害との関係に関する具体的事実は、その引用に係る第一審判決が認定する「関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年一一月に発表した報告書によれば、大阪国際空港周辺の八都市におけるアンケート調査の結果、睡眠(但し昼寝)妨害の訴え率はNNI四五ないし四九以上になると急に増加し、同五五ないし五九の場合約三五パーセントであつた。」(原判決引用の第一審判決B六二表一二行目から同裏二行目まで)という事実及び「前記昭和四五年東京都アンケート調査の結果では、夜間の睡眠妨害の訴え率(パーセント)は、NNI三〇台で約二〇、四〇台で約二五、五〇台及び六〇台で約四〇、昼寝の習慣がある者についての昼寝の妨害の訴え率はNNI三〇台で約三〇、四〇台で四〇、五〇台で六五、六〇台で七〇で、いずれの場合でもNNI三〇台の地域と同四〇台以上の地域との間に統計上の有意差が検出された。」(原判決引用の第一審判決B六二裏一一行目から同B六三表三行目まで)という事実のみである。そして、右関西都市騒音対策委員会の報告書によれば、昼寝の妨害についてでさえNNI五五ないし五九の場合の訴え率は約三五パーセントにすぎず、また、昭和四五年東京都アンケート調査の結果によっても、睡眠妨害の訴え率は、NNI五〇台及び六〇台で約四〇パーセントにすぎないのであるから、大阪国際空港周辺及び横田飛行場の周辺における、右それぞれの調査時点においてすら、「NNI五〇ないし六〇台で半数近くの者が睡眠妨害を訴え」ている事実は認められないのである。したがつて原判決の「NNI五〇ないし六〇台で半数近くの者が睡眠妨害を訴え」ている旨の認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、証拠に基づかずに事実を認定した採証法則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
のみならず、それを訴える者が半数近くというにすぎない睡眠妨害をもつて全員に共通の被害と断じ得ないことはいうまでもないところ、原判決は、右の程度の睡眠妨害をもって被上告人ら全員に共通する被害として睡眠妨害を認定したものであるから、右認定判断には理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(2) また、睡眠は、通常は住宅内における日常活動であるから、航空機騒音の睡眠に対する影響の有無を判断するに当たって、屋外における騒音状況に示すNNIのみを考慮するのは経験則上誤りであり、屋内に到達する騒音量こそ考慮すべきである。そして、前記第一点、一2、(一)及び(二)において詳述したとおり、前記両アンケート調査当時、大阪国際空港周辺の住宅に対しても、横田飛行場周辺の住宅に対しても、防音工事は施工されていなかったのであるから、仮に、右両調査時点での、大阪国際空港周辺及び横田飛行場周辺において、NNIが五〇ないし六〇台で半数近くの者が睡眠妨害を訴えていたとの原判決の認定を肯認できるとしても、原判決が、周辺住民の住宅に対する防音工事がほぼ完了している本件空港周辺における睡眠妨害の有無・程度の判断に当たり、右相異点を考慮に入れることなく、右両調査結果から「NNI五〇ないし六〇台で半数近くの者が睡眠妨害を訴え」ていると認定をしたことについては、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(3) さらに、本件空港周辺地域における睡眠妨害の有無ないし程度を判断するに当たっては、睡眠が本来人間の夜間の生活の営みであることに照らして、まず第一に、本件空港における航空機の夜間の運航状況と住民の生活時間との関係を明らかにする必要があり、このことを離れて、騒音一般あるいは航空機騒音一般について睡眠への影響を論ずることは無意味である。そして、本件空港においては、航空機の運航時間はほぼ一定しており、原判決が、「本件空港における最終便は、昭和五一年三月には、午後一〇時を過ぎる到着便があったが、同五九年以降は、夏季の一時期を除き、午後九時台に到着便が四便程度存するのみ(昭和六〇年一〇月時点において機種としてDC―一〇、L―一〇一一、B―七四七を使用)となっており、その後、翌日午前七時まで定期便の運航はない。」(原判決第一分冊三三ページ一二行目から三四ページ五行目まで)と認定するとおり、人が通常睡眠に使用する時間帯である午後一〇時から翌日午前七時までの間に運航している定期便は存在しないのである。また、一般に、深夜、早朝においては、人は窓を閉めて睡眠をとるのが通常であるところ、本件空港周辺の住宅に対する防音工事は、「平成元年の時点では、原告ら周辺住民のほぼ全世帯についてこれが完了され」(原判決第一分冊五九ページ三行目から四行目まで、原判決引用の第一審判決B一一三表末行から同裏一行目まで)ており、その住宅防音工事の効果についても、「全体としては防音工事による遮音効果としては充分の効果を挙げている」(原判決第一分冊五九ページ一行目から二行目まで)と認められているのであるから、経験則に照らして被上告人らが本件空港を離着陸する航空機の騒音によって睡眠を妨げられることはほとんどないと判断されるべきはずである。しかるに、原判決は、「原告らのうちには、病弱者や老人、乳幼児のいる家庭もあり、また通常人においても、午後九時を過ぎれば就寝時間帯であるということができ」る(原判決引用の第一審判決B六六表一〇行目から一二行目)として、このことを、睡眠妨害を被上告人らの共通の被害と認める理由としているのであるが、右のような事由をもってしては、睡眠妨害を被上告人ら全員に共通の被害として認めることはおろか、その一部の平均的住民についての被害と認めることもできないことは明らかである。
これに加えて、原判決は、第一審判決を引用して、「原告らは、陳述書、本人尋問等において、航空機騒音により、原告ら本人又は原告らと同一世帯に属する家族(殊に乳幼児、病臥者、夜勤者)が夜間又は昼間の睡眠を妨害されたことがあると訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告ら全世帯の約四割である。」(原判決引用の第一審判決B六一表八行目から一二行目まで)と判示しているのであり、右認定事実によつても、本件空港における航空機の運航活動の差止めを求め、そのための積極的活動を展開している被上告人及びその家族らのうちですら全世帯の五割以上の者が昼寝の妨害を含めた「睡眠妨害」を訴えていないことになるのであるから、本件空港周辺地域の住民一般に「睡眠妨害」の被害が発生しているものと即断することができないことはもちろん、被上告人らについて、その全員が共通して「睡眠妨害」という被害を受けているということも到底できないのである。
したがって、「原告ら各自が等しく少なくともその程度までは被つていると考えられる被害がいかなるものであるかを把握するという見地から、被害及び因果関係の有無を認定判断」するというのであれば、「睡眠妨害」という被害の存在は否定されるべき筋合いである。それにもかかわらず、原判決は、特段の理由を示すこともなく、前記のとおり「本件空港周辺の住民は、それぞれ、」「睡眠妨害」「を相当程度被ってきたものと認められる」と判示しているのであって、原判決の右認定判断には理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(四) 「精神的被害」について
(1) 原判決は、精神的被害について、第一審判決を引用して、「航空機騒音は、一定限度を超えると、空港周辺住民に対し、焦燥感や易怒性等の心理的、情緒的被害を与え、しかも右被害は、騒音の程度が高まるにつれて大きくなるものと認められる。」(原判決引用の第一審判決B六九表六行目から九行目まで)と判示して、「本件空港周辺の住民は、それぞれ、」「精神的苦痛を相当程度に被つてきたものと認められる」(原判決引用の第一審判決B八八表九行目から末行目まで)としている。
しかしながら、原判決は、右のとおり、航空機騒音は、「一定限度」を超えると、空港周辺住民に対し、焦燥感や易怒性等の心理的、情緒的被害を与える旨判示するものの、すべての人に対して焦燥感や易怒性等の心理的、情緒的被害を与えるという航空機騒音の「一定限度」がいかなる程度のものであるのかということについては何ら具体的な判示をすることなく、被上告人らが、原判決引用の第一審判決第三、一及び二並びに原判決第一分冊三〇ページ一〇行目から五九ページ二行目までにおいて認定された航空機騒音等に暴露されている地域に居住しているという事実のみにより、「それぞれ」、「精神的苦痛を相当程度に被つてきたものと認められる」としているのであり、原判決の右認定判断には、理由不備がある。
(2) また、原判決は、第一審判決を引用して、「原告らは、陳述書、本人尋問等において、航空機騒音により、原告ら本人又は原告らと同一世帯に属する家族が、いらいらする、怒りつぽくなる、気が休まらない、子供が怖がり泣き出す等の心理的・情緒的被害を訴え、その世帯数の割合は、本訴提起時の原告ら全世帯の約五割弱であり」(原判決引用の第一審判決B六六裏一二行目からB六七表三行目までと判示しており、被上告人及びその家族らのうちですら全世帯の五割以上が「心理的・情緒的被害」を訴えていないことを認めているのであるから、本件空港周辺地域の住民一般に精神的被害が発生しているものと即断することができないことはもちろん、被上告人らについてその全員が共通して精神的被害ないし精神的苦痛を受けているということもできないのである。したがって、原判示のように「原告ら各自が等しく少なくともその程度までは被つていると考えられる被害があるものであるかを把握するという見地から、被害及び因果関係の有無を認定判断」するというのであれば、精神的被害の存在は否定されてしかるべきはずである。それにもかかわらず、原判決は、特段の理由を示すこともなく、前記のとおり、「本件空港の周辺住民は、それぞれ、」「精神的苦痛を相当程度被つてきたものと認められる」と判示しているのであって、原判決の右認定判断には理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(五) まとめ
以上のとおり、原判決は、的確な証拠もないまま、被上告人らの一部の者について発生する可能性があるにすぎない抽象的、概括的な被害を認定し、これをもつて直ちに被上告人ら全員に共通する被害が発生しているとしたものであり、その判示では、原判決のいう特定の「一部の平均的住民」について具体的被害の認定をした上、そこから被上告人ら全員に共通する最小限度の被害を推定するという過程すら示されていないのである。このように、具体的事実認定に基づかずに被上告人ら「全員に共通する最小限度の被害」を認定した原判決には、理由不備又は理由齟齬があるほか、採証法則及び経験則違背の違法があり、かつ、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
二 侵害行為と被害の因果関係について
1 屋外の航空機騒音と室内における被害との関係の判断についての理由不備、理由齟齬、経験則違背
原判決は、前記のとおり、「本件空港周辺の住民は、それぞれ、前記第三、一4で認定したような航空機騒音により、会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害、睡眠妨害並びに精神的苦痛を相当程度に被つてきたものと認められる」と判示して、本件空港に離着陸する航空機から発生される騒音と右認定に係る被害との間の因果関係を肯定したが、右認定に係る被害の大部分が室内において発生する性質のものであるにかかわらず、侵害行為として認定した航空機騒音のうち、被上告人らの居宅内に到達している騒音の量については何ら具体的な判断をしていないのである。
しかしながら、本件損害賠償請求は、被上告人らが、本件空港を離着陸する航空機が発生する騒音等により被害を受けているとして、上告人に対してその賠償を請求しているものであるから、被上告人らは、それぞれ自らの受けた被害及びその被害が本件空港を離着陸する航空機が発生する騒音等により発生したものであることを具体的に主張立証しなければならないことはいうまでもない。この点につき、原判決は、前記のとおり、「被控訴人らはそれぞれさまざまな被害を受けているけれども、本訴において各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めるのではなく、それらの被害のうち被控訴人ら全員に共通する最小限度の被害、即ち、一定の限度までの精神的被害、睡眠妨害、静穏な日常生活の営みに対する妨害及び身体に対する侵害等の被害について各自につきその限度で慰謝料という形でその賠償を求める、というのであるから、被害の立証に当たつては、被控訴人らの全員について各人別にそれぞれ個別的な被害を立証する必要はなく、被控訴人らのうち一部の平均的な住民について前記の被害が立証されるならば、他の被控訴人らについても同種同等の被害が立証されたものというべきである。」と判示しているが、仮に、「全員に共通する最小限度の被害」なり、「同種同等の被害」なるものがあり得るとしても、それらは、当然に少なくとも全員に対しての同一の程度の侵害行為、本件でいえば同一程度の航空機騒音の全員への到達を前提とした上でのことであり、そうでなければ、一部の住民の被害が立証された場合に他の者についても同種同等の被害が立証されたなどとは到底いえないはずである。したがって、仮に、室内における被害を被上告人ら全員に共通する被害として認定するのであれば、その前提として被上告人ら全員の居宅内において当該被害を発生させるに足りる一定レベル以上の騒音が存在することを認定することが不可欠というべきである。
しかるに、原判決は、各被上告人の居宅内における航空機騒音の有無、程度について全く判断を加えることなく、過去分の損害賠償請求の一部を認容するに当たり、単に被上告人らの居住地域を屋外におけるWECPNLが八〇以上九〇未満の地域、九〇以上九五未満の地域に準ずる地域、九〇以上九五未満の地域及び九五以上の地域に四分して、認容賠償基準額を区別した上(原判決第一分冊九一ページ四行目から九二ページ五行目まで)、損害賠償額を算定している。
そうすると、原判決が、本件損害賠償請求について、「侵害行為は同一であり、被控訴人らの人格権、本件に即して具体的にいえば騒音、排気ガス、振動等により不快感、精神的苦痛、睡眠妨害その他の生活妨害を受けることなく平穏安全な生活を営む権利も被控訴人ら個々人の生活条件の違いにかかわらず基本的な部分においては同一の内容と程度を有するものである」(原判決第一分冊四七ページ一一行目から四八ページ三行目まで)と判示する「侵害行為」とは、結局のところ、屋外における航空機騒音の暴露を意味することに帰するものであって、原判決は、被上告人ら各自の居住条件、生活条件が異なっても、その居宅が存する地域の屋外における暴露量が同じであるならば、「同一の内容と程度の」被害が発生するものであるということを前提として、侵害行為と被害との間の因果関係を判断していると解さざるを得ない。
しかし、原判決は、屋外における騒音の暴露量が同じであるならば、何故に室内における生活妨害等を中心とする「同一の内容と程度の」被害が発生するのかについては、何らその理由を明らかにしておらず、既に、この点において理由の不備があるのであるが、かえって、屋外における騒音の量が同一であっても、それが室内に到達する量は、建物の配置、家屋構造等によって異なってくることは経験則の示すところである。さらに、原判決自身、他方では、航空機騒音の及ぼす影響は、「発生源と受音者との距離、建物の配置、家屋構造等の物理的条件」により異なる(原判決引用の第一審判決B四七裏五行目から六行目まで)ことを認めているのであって、ここに理由の齟齬があることは明らかである。(なお、検証の結果等の本件証拠上、具体的に室内騒音レベルが現れているものについて、それらがいずれも被害を発生させるに足りるものでないことは、上告人の原審における最終準備書面第七(一六一ページ以下)で述べたとおりであり、防音工事の効果については、後に第二点で詳述する。)。
したがって、被上告人ら各自の居住条件、生活条件(生活時間帯、職業等)の差異について全く考慮することなく、その居宅が存する地域の屋外での航空機騒音暴露量のみによって、侵害行為と被害との間の因果関係を肯認した原判決の前記認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 受忍限度の基準としたWECPNL値の被害との関係についての理由不備、理由齟齬、経験則違背
原判決が、その認定に係る共通の被害と航空機騒音との因果関係について、当然になすべき具体的な認定判断を欠落させたことは、その受忍限度についての認定判断において一層明らかである。
すなわち、原判決は、「本件において認められる被害は、身体傷害ではなく、うるささに基づく不快感、睡眠妨害及びその他の生活妨害なのであるから、WECPNL方式はまことに相当な方式であるというべきである。」ので、「WECPNL方式に基づいて、本件における受忍限度の基準値を検討する」(原判決第一分冊六九ページ末行から七〇ページ六行目まで)として、「損害賠償請求可能期間である昭和四八年三月三〇日から当審口頭弁論終結の日である平成三年八月三〇日までの期間との関係において一定の受忍限度の基準値を定めるとすれば、本件空港周辺の航空機騒音被害は、少なくともW値八〇程度以上をもつて当該騒音に暴露された地域に居住し、又は居住していた被控訴人又はその被承継人について、受忍限度を超えたものとして違法性を帯びるものと認めるのが相当である。」(原判決第一分冊七六ページ八行目から七七ページ三行目まで。なお、「W値」はWECPNLの値を指す。)と判示し、侵害行為として認定した航空機騒音を屋外におけるWECPNLで評価することとした上で、WECPNL八〇以上の地域に居住している被上告人らは、受忍限度を超える被害を受けているとの判断を示している。そして、原判決が屋外におけるWECPNL八〇を受忍限度の基準としている以上、原判決は、右の値未満のWECPNLの騒音暴露によつて、原判決のいう共通の被害が受忍限度以下のものとして発生していることを、そして、少なくともWECPNL八〇程度の騒音暴露によつて、当然に右の共通の被害が発生していることを論理的な前提としていることになる。
しかしながら、これまで繰り返し指摘したように、航空機騒音の影響は、騒音側の条件、騒音を受ける人間側の条件、騒音と人間との間の条件といった多様な因子により異なるものであり、本件においても、被上告人ら各自について、右諸因子に関する事実関係が異なるものである以上、航空機騒音によって受けていると主張する被害についても、本来著しい差異があるはずのものである。したがって、本件損害賠償請求について、原判決のいうように「各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めているのではなく、それらの被害の中には本件航空機の騒音等によつて原告ら全員が最小限度この程度までは等しく被っていると認められるものがあり、このような被害を原告らに共通する被害として、各自につきその限度で慰謝料という形でその賠償を求める」(原判決引用の第一審判決B四四裏八行目から末行まで)趣旨であり、「各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めるのではなく、それらの被害のうち被控訴人ら全員に共通する最小限度の被害、即ち、一定の限度までの精神的被害、睡眠妨害、静穏な日常生活の営みに対する妨害及び身体に対する侵害等の被害について各自につきその限度で慰謝料という形でその賠償を求める」(原判決第一分冊四八ページ一二行目から四九ページ四行目まで)趣旨であるととらえたとしても、どのような内容の、どの程度の被害が全員に共通する最小限度の被害といえるのか、また、そのような被害がどの程度以上の騒音によって発生するのかが明確にならない限り、本来、一定限度以上の航空機騒音の発生を侵害行為として認定し、これを違法と判断することはできない筋合いであるが、航空機騒音の暴露量を一定の公式により算出した航空機騒音の評価値にすぎないWECPNL、殊にその屋外値は、元来、これらの点を明確にする性質のものではないのである。
すなわち、WECPNLは、後記のとおり、航空機騒音による障害を防止軽減する対策を実施する上での基準値を設定するという目的で考案採用された航空機騒音の評価単位にすぎず、一定のWECPNLの地域においては住民の全てに特定の被害が生ずるといった関係やWECPNLの増減と発生した被害の増減との間に厳格な意味での関数関係を認めることはできないのである(詳細は、上告人の原審における準備書面(三)一一ページ以下参照)。
原判決は、第一審判決を引用して、昭和四五年東京都アンケート調査の結果に基づき、昭和四五年当時の横田飛行場周辺における航空機騒音の暴露量と会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害との関係について、「『家族との会話』に対する妨害(声を大きくする及び会話を中断する)の訴え率は、NNI三〇台で約三〇、四〇台で約五〇、五〇台で約九〇、六〇台で約九五で、そのうち『会話を中断する』との訴え率は、NNI四〇台で約二〇、五〇台で約七〇、六〇台で約九〇であった。『ラジオ・テレビ・レコードの聴取』に対する妨害(声を大きくする、非常に大きくする及び非常に大きくしても聞えないの合計)の訴え率は、NNI三〇台で約三〇、四〇台で約七〇、五〇台で約九〇、六〇台で約九五で、そのうち『非常に大きくしても聞えない』との訴え率は、NNI四〇台で約一四・八、五〇台で約五五・六、六〇台で約七五・二であつた。『電話による通話』に対する妨害(聞き返す、声を大きくする及び通話を中断するの合計)の訴え率は、NNI三〇台で約四四、四〇台で約四五、五〇台で約九四、六〇台で約九八で、そのうち『通話を中断する』との訴え率は、NNI四〇台で約三一、五〇台で約八六、六〇台で約九六であつた。」(原判決引用の第一審判決B五二裏一〇行目からB五三表一三行目まで)と認定し、航空機騒音の暴露量と思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害との関係について、「思考及び読書に対する妨害の訴え率(パーセント)は、前記の会話、テレビ等の視聴に対する訴え率よりやや低く、NNI三〇台で約三〇、四〇台で約四〇、五〇台で約七〇、六〇台で約八〇であり、『じやまの程度』においては、NNI四〇台で『少しじやまになる』より『ふつう』に近く、五〇台では『ふつう』を超え、六〇台では『かなりじやまになる』に達していた。」(原判決引用の第一審判決B五六裏一三行目から同五七表六行目まで)と認定し、航空機騒音の暴露量と睡眠妨害との関係について、「夜間の睡眠妨害の訴え率(パーセント)は、NNI三〇台で約二〇、四〇台で約二五、五〇台及び六〇台で約四〇、昼寝の習慣がある者についての昼寝の妨害の訴え率はNNI三〇台で約三〇、四〇台で四〇、五〇台で六五、六〇台で七〇で、いずれの場合でもNNI三〇台の地域と同四〇台以上の地域との間に統計上の有意差が検出された。」(原判決引用の第一審判決B六二裏一一行目から同B六三表三行目まで)と認定しているが、右認定事実を前提とすると、航空機騒音の暴露量の増加に伴って右各種妨害の訴え率も増加する傾向にあるということは否めないものの、屋外において一定の騒音暴露量が存在すれば必ず特定の生活妨害が存在するという関係は何ら明らかにされていないことは、既に前記一の2で述べたとおりである。
のみならず、原判決は、航空機騒音による被害を判断するに当たり、右のとおりNNIと航空機騒音の影響との関係については一定の限度で事実認定をしているものの、WECPNLと航空機騒音の影響との関係については、<1>WECPNLがどの程度の値に達すればどの範囲の住民との関係で、いかなる内容・程度の被害が発生するのか、さらには、<2>被上告人ら全員に共通するいかなる内容・程度の被害が発生すると認められるかについて具体的な認定判断を何ら示しておらず、ましてや原判決の認定する被上告人ら全員に共通する被害のほとんどが室内における被害であるにもかかわらず、屋外におけるWECPNLをもって受忍限度判断の基準値としておきながら、<3>右のWECPNLが室内における被害といかなる関係にあるのかについても全く認定判断を欠落しているのである。
以上のとおり、原判決は、航空機騒音の暴露量を示す評価値にすぎない屋外におけるWECPNLを用いて、その認定に係る被上告人ら全員に共通する最小限度の被害につき、受忍限度判断を行い、WECPNL八〇以上の航空機騒音に暴露されている被上告人らは受忍限度を超える被害を受けているものと認定したのであるが、原判決は、右の認定判断に当たり当然になすべき右共通被害と屋外におけるWECPNL八〇以上の航空機騒音暴露との因果関係について、具体的には右<1>ないし<3>の各点につき認定判断を全く欠落させているのであって、原判決の右認定判断には理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
三 被害の認定の方法について
1 各種の実験結果及び、アンケート調査結果により被害を認定したことについての理由不備、経験則違背、採証法則違背
原判決は、被害の立証方法について、「被控訴人ら全員について各人別にそれぞれ個別的な被害を立証する必要はなく、被控訴人らのうち一部の平均的な住民について前記の被害が立証されるならば、他の被控訴人らについても同種同等の被害が立証されたものというべきである。」(原判決第一分冊四九ページ五行目から九行目まで)としているのであるから、仮に、原判決のような立場を採ったとしても、少なくとも「一部の平均的な」被上告人らについては、被害の個別的な立証を要するものと解するほかないにもかかわらず、原判決は、以下のとおり、結論的には「一部の平均的な」被上告人らの被害の立証すらないのに、各種の実験結果及びアンケート調査結果を重視して航空機騒音により被上告人らに生じる可能性のある被害を現実に発生している被害として認定し、これをもって被上告人らが航空機騒音により受けている被害であるとしているのである。そして原判決が被害を認定するにつき各種の実験結果及びアンケート調査の結果に極めて高い証拠価値を認めていることは、原判決が被害の認定において右実験結果及びアンケート調査の結果の内容をそのまま要約して判示している(「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害」について原判決引用の第一審判決B四九裏七行目からB五四裏末行まで、「思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害」について同B五六表七行目からB五八表七行目まで、「睡眠妨害」について同B六一裏二行目からB六五表三行目まで、「精神的被害」について同六七表九行目からB六九表五行目まで)ことからも明らかである。
しかしながら、まず、各種の実験結果についていえば、それが極めて限定された条件における研究データであることに留意する必要がある。実験の結果から騒音の影響があるといい得るためには、固体差を無視し得るほどに被験者の数が存するか否か、各実験における騒音以外の条件が同一か否かについての厳密な検証が必要である。ところが、原判決が採用した実験の結果の中には、実験に使用された騒音が航空機騒音でないものや、航空機騒音であっても現実の本件空港周辺の騒音とは全く異なる条件が設定されているものがある(例えば、睡眠妨害に関する長田実験(原判決引用の第一審判決B六四表四行目からB六五表三行目まで。<証拠略>)は、録音再生の自動車騒音、工場騒音を六時間連続負荷(<証拠略>)し、あるいは白色騒音等を三〇分に一回の割合で、連続騒音を二・五分、一〇秒オン、一〇秒オフの断続音を五分負荷(<証拠略>)し、あるいは録音再生した列車騒音、航空機騒音等を、前後三時間にわたり、五分に一回の割合で六〇分間、一〇分に一回の割合で六〇分間、二〇分に一回の割合で六〇分間負荷したというものである。)。また、各種の実験結果を検討するについては、本件空港周辺の地域において被上告人らが現実に暴露されている騒音の量を被上告人ら各自の生活条件も勘案して具体的に把握し、これが各実験に使用された騒音とどの程度同質性を有するかを綿密に吟味しなければならない。しかるに、原判決は、このような各種実験の結果について右諸点の吟味を全く怠り、これをそのまま重要な証拠資料として採用して被害を認定しているのである。
次に、アンケート調査の結果についていえば、そもそもこの種の調査は、一般的に種々の問題性、危険性を含む(詳細は、上告人第一審最終準備書面第一分冊五二一ページ三行目から五二六ページ一一行目まで)ものであるが、特に、航空機騒音による影響に関するアンケート調査については、調査が実施された時期及び地域における騒音状況を十分吟味する必要があり、本件空港における騒音状況と全く異なる騒音状況の下でされたアンケート調査の結果を、本件空港における航空機騒音被害の認定の用に供することは許されないのである。かかる観点からすると、原判決が採用する各種のアンケート調査は、いずれも問題があり、殊に昭和四五年東京都アンケート調査を本件空港における航空機騒音被害の認定の用に供することには極めて問題がある。すなわち、同調査は、本件空港に当時配置されていた米軍第五空軍れい下のF―一〇二ジェット戦闘機、F―一〇五ジェット戦闘機等が、昭和三八年一二月、在日米軍の再編成に伴い横田飛行場に移駐した(原判決引用の第一審判決B三表一〇行目から同裏四行目まで)後に同飛行場周辺において実施されたものであり、その調査時点においては、同飛行場には米軍の主力戦闘部隊が常駐し、民間航空機が発生する航空機騒音に比較して相当高いレベルの騒音を発生する戦闘機が離着陸していたのである。しかも、既述のとおり、その当時は、横田飛行場周辺における住宅に対して防音工事は施工されていなかったのであるから、その当時同飛行場周辺に所在する住宅内に到達する航空機騒音のレベルは、本件空港周辺に所在する住宅内に到達している航空機騒音のレベルに比して相当高いものであった。このように、同調査がされた当時の横田飛行場周辺の騒音状況と本件空港周辺の騒音状況とは、著しく異なるのであるから、この点を看過して、同調査を本件空港における航空機騒音による被害認定の用に供することは許されないというべきである。しかるに、原判決は、同調査を重視して、これからそのまま「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害、睡眠妨害並びに精神的苦痛」の各被害を認定しているのである。
結局、原判決が挙示する各種の実験結果及びアンケート調査の結果から認定し得る事実は、航空機騒音により原判決の認定に係る各種の生活妨害が生ずる可能性があること及び航空機騒音の暴露量が増加すればそれに伴い右の各種生活妨害が発生する率が高まるということにとどまり、右の各種実験及びアンケート調査がいずれも本件空港における騒音状況と異なる騒音状況の下で行われたものであることにかんがみるならば、それ以上に本件空港における航空機騒音被害を認定し得るものではないのである。しかるに、原判決は、右の各種実験結果等に基づき、本件空港における航空機騒音により被上告人らに被害が現実に発生したものと認定したのであって、原判決の右認定判断には理由不備があるほか、経験則違背及び採証法則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 運輸省告示による区域指定図により被上告人らの住居地のWECPNLを認定したことについての理由不備、理由齟齬、経験則違背、立証責任分配法則の解釈・適用の誤り
原判決は、「損害賠償請求可能期間である昭和四八年三月三〇日から当審口頭弁論終結の日である平成三年八月三〇日までの期間との関係において一定の受忍限度の基準値を定めるとすれば、本件空港周辺の航空機騒音被害は、少なくともW値八〇程度以上をもつて当該騒音に暴露されている地域に居住し、又は居住していた被控訴人又はその被承継人について、受忍限度を超えたものとして違法性を帯びるものと認めるのが相当である。」(原判決第一分冊七六ページ八行目から七七ページ三行目まで)として、本件における受忍限度の基準値をWECPNL八〇と判断した上、被上告人らの本件航空機騒音による一か月当たりの慰謝料算定の基準額を、W値八〇以上九〇未満の地域については二五〇〇円、W値九〇以上九五未満の地域に準ずる地域については五〇〇〇円、W値九〇以上九五未満の地域については七〇〇〇円、W値九五以上の地域については一万円とする(原判決第一分冊九一ページ四行目から九二ページ五行目)旨判示している。したがって、損害賠償請求の当否を判断するには、被上告人ら各自について、それぞれ、右損害賠償請求期間中にWECPNL八〇以上の航空機騒音に暴露された地域に居住していたか否か、及び右の点が肯定された場合には、その暴露量がW値八〇以上九〇未満、W値九〇以上九五未満の地域に準ずる値、W値九〇以上九五未満、W値九五以上の四分類のうちいずれに該当するのか、並びにその騒音に暴露されている地域に居住していた期間がいつからいつまでかを具体的に認定する必要があるのであって、原判決も、「騒音暴露の程度の実際は、本来ならば、被控訴人らの居住地における侵害期間ないし後記損害賠償請求可能期間である昭和四八年三月三〇日から当審口頭弁論終結の平成三年八月三〇日までを通じての実測値又はコンターによるW値を参考として判断すべきである」(原判決第一分冊七七ページ六行目から一一行目まで)と判示している。
ところが、原判決は、右事実を具体的に認定するに当たっては、右賠償請求可能期間を昭和四八年三月三〇日以降平成元年九月一三日までの期間と平成元年九月一四日以降平成三年八月三〇日までの期間に二分し、後者の期間については、「実測によりその精度が確認された平成元年コンターにより被控訴人らの住居とW値八〇以上の区域の関係を確定」したが、前者の期間については、「本訴において明らかであるのは平成元年コンターのW値と被控訴人らの居住地の関係のみであり、前記その余のコンターと被控訴人らの居住地の関係を明らかにする作業はなされていない。」(原判決第一分冊七七ページ一一行目から七八ページ一行目)として、「平成元年九月一三日以前については実測値又はコンターのW値の代えて運輸省告示のよる区域指定を参考としてW値八〇以上と被控訴人らの居住関係を確定する外はない」(原判決第一分冊七八ページ一一行目から七九ページ一行目まで)としている。そして、その上で、原判決は、「昭和五七年三月三〇日の時点において、被控訴人らの居住地、居住時期と航空機騒音防止法に基づいて指定された第一種区域(W値七五以上)、第二種区域(W値九〇以上)、みなし第二種区域、第三種区域(W値九五以上)の関係が別紙九周辺対策状況一覧表記載のとおりであることは当事者間に争いがないところである。従つて、昭和四八年三月三〇日から平成元年九月一三日までは、前記認定したところに従い、右当事者間に争いがない第三種区域内居住者は昭和四九年八月三一日告示第三五五号のW値九五以上の、第二種区域内居住者は右同告示及び昭和五四年七月一〇日告示第三九〇号のW値九〇以上の、みなし第二種区域内居住者はW値九〇以上に準ずるW値の、各騒音に暴露されていたことを一応推認することができる」(原判決第一分冊七九ページ一行目から八〇ページ一行目まで)とし、WECPNL八〇以上九〇未満の航空機騒音に暴露されていた被上告人らの特定についても、昭和五四年七月一〇日告示の第一種区域の区域指定図の被上告人らの住居表示地点を当てはめ、これを同図面に記載されているWECPNL八〇のコンター線と比較する作業により行っており(原判決第一分冊八一ページ五行目から八三ページ八行目まで)、結局、原判決は、昭和四八年三月三〇日から平成元年九月一三日までの間については、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(以下原判決にならい「航空機騒音防止法」という。)に基づく区域指定により、第三種区域、第二種区域、みなし第二種区域、第一種区域中のWECPNL八〇以上と認められる区域に居住していた被上告人らはそれぞれWECPNL九五以上、WECPNL九〇以上九五未満、WECPNL値九〇以上九五未満に準ずるWECPNL、WECPNL八〇以上九〇未満の各騒音に暴露されていたものと認定している。
しかしながら、航空機騒音防止法に基づく区域指定に使用された騒音コンターは区域指定の告示の当時の実際の騒音状況とおおむね一致するにすぎないのであるから、昭和四八年三月三〇日から平成元年九月一三日までの間についての原判決の右認定は明らかに誤りというほかない。
すなわち、原判決が行ったように、昭和四八年三月三〇日から平成元年九月一三日までの間に被上告人らが実際に暴露されていた航空機騒音量を航空機騒音防止法による区域指定によって推定するには、単に区域指定のための告示に使用された騒音コンターと告示当時の実際の騒音状況とがおおむね一致するだけでは足りず、さらに、告示後の騒音状況に変化が認められず、右推定の終期である平成元年九月一三日における騒音状況が告示の際の騒音状況とおおむね一致していることが必要である。しかし、原判決が認定するように、「低騒音機の使用及び(五)の運行方法の改良の結果、本件空港周辺地域における騒音コンターは、」「昭和四八年コンターと比較して昭和五八年コンターはかなり縮小しており、更に、」「昭和六一年コンターは昭和五八年コンターに比較してより縮小している。そして、昭和四八年当時と比較すると、昭和六一年においてはW値で約四ないし七低下しており、昭和四八年のW値八五のコンターは昭和六一年にはおおむねW値八〇のコンターまで低下して」(原判決第一分冊四三ページ一一行目から四四ページ七行目まで)おり、「昭和四八年コンターの面積を一〇〇とすれば、W値七五で昭和五八年五七、平成元年四三、W値八〇で昭和五八年六二、平成元年四四、W値八五で昭和五八年五八、平成元年四〇であり、平成元年コンターでは昭和四八年コンターの半分以下の面積となっている」(原判決第一分冊四四ページ一一行目から四五ページ三行目まで)のである。また、原判決もその内容の正確性を認めている平成元年コンターによれば、少なくとも平成元年の時点では、WECPNL八五以上の区域に被上告人らの住居は所在せず、被上告人らのうち第三種区域に居住している者のうち四名(一―三〇七(第一次訴訟原告番号三〇七の者を示す。以下同じ)、一―三〇八、一―三〇九、一―三一〇)及び第二種区域に居住している者のうち一〇名(一―七、一―八、一―一五、一―一六、一―一七、一―七四、一―八〇、一―八一、一―一四七、一―一四八)の住居における騒音量がWECPNL八〇以上八五であるだけで、その余の被上告人らの住居は、その住居の所在地と航空機騒音防止法に基づく区域指定の関係にかかわりなく、いずれもWECPNL八〇未満の区域に属するのであり(上告人の原審準備書面(五))、原判決も、「昭和四八年三月三〇日ころから同五七年三月三〇日ころまでの間においては右各指定区域の各W値はその指定時点において概ね騒音の実際と符合したが、昭和五三、四年をピークとして本件空港周辺における騒音は全体として次第に軽減化する傾向にあり、そのため各指定区域の各W値はいずれも相当程度騒音の実際のW値と一致しなくなつてきており、その傾向は防音工事後の屋内騒音について特に顕著である」(原判決第一分冊九〇ページ二行目から九行目までと判示して、本件空港周辺においては、区域指定後の実際のWECPNLと各指定区域の各WECPNLとは一致しておらず、前者が後者を下回っていることを認めているのである。したがって、航空機騒音防止法に基づく指定区域の各WECPNLから昭和四八年三月三〇日から平成元年九月一三日までの間の現実のWECPNLを推定することは到底できないのである。
それにもかかわらず、原判決は、前記のとおり、昭和四八年三月三〇日から平成元年九月一三日までの間について、被上告人らに暴露されている航空機騒音量を航空機騒音防止法に基づく区域指定により認定しているものであり、原判決の右認定判断には、一方で騒音が右の期間区域指定当時より軽減していることを認定しながら、他方で新たな証拠により騒音状況が明らかになるまでの間、同一程度の騒音が継続していることを推定した点で、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があるとともに、本来侵害行為の継続については被上告人らに立証責任があるにもかかわらず、証拠上騒音状況が明らかでない期間につき被上告人らに有利にこれを認定判断(原判決のWECPNL八〇以上九〇未満の者の特定に関する「具体的な特定作業において」「その内外の認定が微妙なものについては被控訴人らに有利に」「すなわちW値八〇以上と認定した。」(原判決第一分冊八三ページ五行目から八行目まで)との判断はこの趣旨であると解される。)した点で、国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項の瑕疵についての立証責任分配法則の解釈・適用の誤りの違法があり、かつ、それらの違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
なお、原判決は、「昭和四八年三月三〇日ころから同五七年三月三〇日ころまでの間のおいては右各指定区域の各W値はその指定時点において概ね騒音の実際と符合したが、昭和五三、四年をピークとして本件空港周辺における騒音は全体として次第に軽減化する傾向にあり、そのため各指定区域の各W値はいずれも相当程度騒音の実際のW値と一致しなくなつてきており、その傾向は防音工事後の屋内騒音について特に顕著であること」(原判決第一分冊九〇ページ二行目から九行目まで)をも考慮して、「一定のW値と昭和五四年七月一〇日の運輸省告示以前における各指定区域の関係において」(原判決九一ページ一行目から二行目まで)前記一か月当たりの慰謝料の基準額を定める旨判示しているが、右判示の趣旨が、損害賠償額の算定に当たっては、被上告人らが居住している区域が現実にどの程度の航空機騒音に暴露されているかによるのではなく、航空機騒音防止法に基づく区域指定によりどの区域に指定されているかにより、その認容賠償額を確定するとの判断であるとするなら、原判決は、結局、被上告人らに現実に発生している被害の有無、程度とかかわりなく、被上告人らが航空機騒音防止法に基づく区域指定による各種区域のいずれに居住しているかにより損害賠償請求の当否を判断したことに帰し、かかる判断には国賠法二条一項の解釈・適用の誤りがあり、かつ、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
第二点 違法性(受忍限度)に関する認定判断の誤り
原判決は、本件空港供用の違法性に関する認定判断において、本件空港に離着陸する航空機の騒音により被上告人らが受けている被害が、その受忍すべき限度を超え、違法性を帯びるとしている。しかしながら、以下のとおり、原判決の右認定判断には、違法性(受忍限度)の判断に当たり比較考量すべき個別的要素の評価及びそれらの総合評価のいずれの点においても誤りがあり、その結果国賠法二条一項にいう「公の営造物の設置又は管理」の「瑕疵」の要件である違法性の解釈・適用を誤った違法及び経験則違背の違法があり、かつ、これらの違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるのみならず、その過程には理由不備又は理由齟齬及び経験則違背がある。
一 違法性(受忍限度)の判断の方法について
1 大阪空港最高裁判決は、「本件空港の供用のような国の行う公共事業が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するにあたつては、上告人の主張するように、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事業をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものであることは、異論のないところであ(る)」(民集三五巻一〇号一三九一ページ)と判示し、空港供用の違法性判断が右の諸要素を全体的、総合的に衡量してされるべきものであることを明らかにしている。これは、空港供用の違法性の判断においては、航空機騒音による障害は日常生活の妨害とか精神的不快感といった個人の主観的条件により異なるものであり、右騒音障害の内容や性質自体からは違法な法益侵害と判定すべき客観的基準が定め難いものであるのみならず、空港が存在する以上はその周辺において程度の差はあれ、ある程度の騒音障害の発生は不可避のものであり、他方、航空交通による利便は、経済、社会、文化等多方面にわたって今日の社会生活上多大な効用をもたらしていることから、一定の範囲内の騒音障害は周辺住民としても受忍すべきものであることを当然の前提として、侵害行為、被害、公共性、空港供用の経緯及び空港管理者等が実施した騒音軽減対策の有無、内容等の諸事情を総合的に考察して、当該空港の供用に起因する騒音障害が空港周辺住民全体にとっても右住民各個人にとっても社会的に妥当とされる範囲を超えているか否かについて、慎重かつ適切に、十全の全体的、総合的判断を行うべきことを求めているのである。
2 これに対し、原判決は、その引用する第一審判決「第六 違法性(受忍限度)」の項において、「被告による本件空港の供用行為が原告ら周辺住民に対し、損害賠償をもって法律上の救済を与えるのを相当ならしめるほどに違法な権利侵害となるか否かを判断するに当たつては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容・程度等の諸事情の総合的な考察が必要であるところ、これを被害者側からみれば、本件のように、侵害行為が日常の生活をめぐる人格権に対する妨害である場合には、社会生活上受忍するのが相当と認められる限度を超えるものであるか否かによつて決せられるというべきである。」(原判決引用の第一審判決B一一八裏五行目から末行まで)とした上で、侵害行為、被害、騒音対策、公共性について総括的に判示し(原判決六二ページ四行目から六八ページ四行目まで、原判決引用の第一審判決B一一九表一行目からB一二一表九行目まで)、「以上(一)、(二)で検討したところに従い、騒音の態様と程度、騒音被害の性質と内容、空港供用の公共性と程度、被控訴人ら住居地の地域的特性、騒音対策の内容と成果等の諸事情を総合的に考察し、後記損害賠償請求可能期間である昭和四八年三月三〇日から当審口頭弁論終結の日である平成三年八月三〇日までの期間との関係において一定の受忍限度の基準値を定めるとすれば、本件空港周辺の航空機騒音被害は、少なくともW値八〇程度以上をもつて当該騒音に暴露された地域に居住し、又は居住していた被控訴人又はその被承継人について、受忍限度を超えたものとして違法性を帯びるものと認めるのが相当である。」(原判決第一分冊七六ページ五行目から七七ページ三行目まで)と判示しており、一見すると大阪空港最高裁判決が示した空港供用についての違法性判断の方法に依拠しているかのようである。
しかしながら、原判決が個別の違法性の判断要素に関して総括的に判示するところは極めて抽象的かつあいまいであり、「騒音の態様と程度、騒音被害の性質と内容、空港供用の公共性と程度、被控訴人ら住居地の地域的特性、騒音対策の内容と成果等の諸事情」を具体的にどのように考慮したのかについては全く明らかにされていない。
結局のところ、以下に述べるとおり、原判決は、実質的には違法性判断要素の全体的、総合的考察を行うことなく、受忍限度の基準値を定めるに当たり、第一点で指摘したような極めてあいまいな被害認定を前提として、環境基準値や行政上の騒音対策の基準値を殊更に重視し、本件空港周辺において一定量以上の航空機騒音が発生すれば本件空港の供用が当然に違法な侵害行為になるとの独自の見解の下に、その他の受忍限度の判断要素については、実際にはそれぞれ各独立の部分的違法性阻却事由として考慮しただけで、かつ、公共性、騒音対策等については、その評価を不当に低くして、本件の違法性判断を行ったものというほかないのである。
すなわち、原判決は、大阪空港最高裁判決の示した前記の違法性判断の方法に依拠したかのような外観をとりながら、その実は公共性や被害防止対策等に関する考慮要素を不当に軽視し、右最高裁判決が示した違法性の総合的判断方法に反する独自の判断方法を採ったものというべきであり、このような判断方法を採用して本件空港供用の違法性を判断した原判決には、理由不備又は理由齟齬があるほか、国賠法二条一項の解釈・適用の誤りがあり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
二 騒音対策の評価について
1 違法性判断要素としての騒音対策の位置づけの誤り
(一) 大阪空港最高裁判決は、前記一で述べたとおり、「被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情」が違法性判断において重要な要素であることを一般論として認めているものであるが、それのみならず、当該事案の判断としても、被害の重大性とともに原審の認定した「上告人は、本件空港の拡張やジェット機の就航、発着機の増加及び大型化等が周辺住民に及ぼすべき影響について慎重に調査し予測することなく、影響を防止、軽減すべき相当の対策をあらかじめ講じないまま拡張等を行つてきた」(民集三五巻一〇号一三九二ページ)との事実を前提として、公共的必要性の主張には限界があるとした上、「そしてまた、上告人が比較的最近において開始した諸般の被害対策が、少なくとも原審の口頭弁論終結時までの間については、被害の軽減につき必ずしもみるべき効果を挙げていないことも、原審が適法に確定しているところである。」(同ページ)とし、結論として、「原判決がこれら諸般の事情の総合的考察に基づく判断として、上告人が本件空港の供用につき公共性ないし公益上の必要性という理由により被上告人ら住民に対してその被る被害を受忍すべきことを要求することはできず、上告人の右供用行為は法によつて承認されるべき適法な行為とはいえないとしたことには、十分な合理的根拠がないとはいえず、原審の右判断に所論の違法があるとすることはできない。」(同ページ)としたものであり、騒音対策の評価が違法性判断において重要な考慮要素であることを具体的に示しているのである。
大阪空港最高裁判決が、空港供用の違法性判断に当たり、「侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮」すべきものとしたのは、一般に国の行う公共事業ないしその事業活動は、その法的根拠及び財政面において何らかの形で国会の意思を反映したものであると同時に、国民生活に広く影響を及ぼす性質のものであることから、当該公共事業の適否を論ずるに当たっては、「侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度」を比較検討するだけでは足りず、これらとの関連において被害防止措置の有無、内容、効果等を総合的に考慮することが不可欠であることを明らかにしたものというべきである。そして、これを国営空港の供用に伴う騒音問題についてみると、その違法性の判断要素として騒音対策に関する事情が考慮されるべきであるとしたのは、航空機騒音による障害は日常生活の妨害及び精神的不快感といった個人の主観的条件に左右される無形の被害であるため、これらの保護法益に対する侵害が違法な法益侵害とされる客観的基準をそれ自体から判定することは極めて困難な性質のものであり、他方、侵害行為である空港の航空機の離着陸への供用は、原則として空港法規範への適合性が推定される行政上の適法行為であるため、その民事上の違法性を認定するためには、空港周辺住民の騒音障害の内容、程度の重大性等に加えて、空港管理者において採り得る有効な騒音防止対策があるにもかかわらず、これを実施しないままで一定限度を超える航空機の離着陸に空港を供用するという騒音対策上の落ち度があったという要件をも要求したものと解されるのである。
また、新潟空港訴訟における最高裁判所平成元年二月一七日第二小法廷判決(民集四三巻二号五六ページ)は、定期航空運送事業免許処分の適法要件について、「申請に係る事業計画に従つて航空機が航行すれば、当該路線の航空機の航行自体により、あるいは従前から当該飛行場を使用している航空機の航行とあいまつて、使用飛行場の周辺に居住する者に騒音障害をもたらすことになるにもかかわらず、当該事業計画が適切なものであるとして定期航空運送事業免許が付与されたときに、その騒音障害の程度及び障害を受ける住民の範囲など騒音障害の影響と、当該路線の社会的効用、飛行場使用の回数又は時間帯の変更の余地、騒音防止に関する技術水準、騒音障害に対する行政上の防止・軽減、補償等の措置等との比較衡量において妥当を欠き、そのため免許権者に委ねられた裁量の逸脱があると判断される場合がありうるのであつて、そのような場合には、当該免許は、申請が法一〇一条一項三号の免許基準に適合しないのに付与されたものとして、違法となるといわなければならない。」と判示しており、免許基準の適合性の判定においても、「騒音防止に関する技術水準、騒音障害に対する行政上の防止・軽減、補償等の措置等」という騒音対策に関する事業が重要な考慮要素となることを明確に示している。
(二) 原判決は、「第五 騒音対策」の項(原判決引用の第一審判決B八八裏二行目からB一一八裏三行目まで、原判決第一分冊四九ページ一一行目から六二ページ三行目まで)において、比較的詳細に上告人の実施した騒音対策の内容を認定しており、一見すると違法性判断において騒音対策に関する事情を重視しているかのようである。しかし、その評価について判示するところをみると、「第六 違法性(受忍限度)」の項において、「被告による騒音対策については、昭和四七年七月に採用された航空機騒音基準適合証明制度による機材改良及び騒音軽減運航方式を中心とする音源対策が、昭和五二、三年頃からかなりの騒音軽減効果を挙げ、航空機騒音の影響を受ける地域をかなり縮少することに成功した。また、周辺対策についてみると、昭和五〇年度より助成額合計約七九一億一二〇〇万円を投じてなされた住民防音工事、昭和四九年度以来補償金総額約三九二億一六〇〇万円を投じてなされた移転補償並びにテレビ受信障害対策等の周辺対策の実施により、騒音被害の完全な解消には至らないものの、ある程度右被害が軽減されてきている。」(原判決引用の第一審判決B一二〇裏一三行目からB一二一表九行目まで)とあいまいに判示するのみで、騒音対策に関する実質的な考察を行わないまま、「本件空港の供用によつて被害を受ける地域住民は、前示のとおり福岡は福岡なりにかなりの多数にのぼつており、平成元年コンターに基づく被害世帯数が従前より減少しているからといつても本訴損害賠償請求は昭和四〇年代に遡るばかりか、その被害内容も広範かつ重大なものというを妨げず、また、騒音対策については、周辺対策にしても移転補償が充分の進展をみたといえないことは既に引用した原判決……説示のとおりであり、その他の周辺対策はもとより、全ての音源対策はその性質上所詮完璧を期しがたいものであるから」(原判決第一分冊六七ページ六行目から六八ページ二行目まで)、「本件空港につき被控訴人ら空港周辺住民に対し騒音被害を受忍することを要求すべき社会的有用性があるとすることはできない。」(原判決第一分冊六七ページ四行目から六行目まで)として、違法性の判断要素としての各種の実効的な騒音対策の実施に係る上告人の詳細な主張を簡単に排斥した上、結論としては、唐突に、屋外においてWECPNL八〇という航空機騒音量が発生していることをとらえて、本件空港の供用を違法と断定している。そして、住宅防音工事については、「住宅防音工事の助成を受けたもの(別紙一一別表第一損害賠償額等一覧表1、同2のとおり。)については、施工日の翌日以降施工部屋数一室当り前記慰謝料基準額の一割減とする。」(原判決第一分冊九二ページ八行目から一一行目まで)として、違法性の有無の判断における考慮要素としてではなく、単に慰謝料の減額事由として考慮しているにすぎない。
原判決がこのように判断した理由は、恐らく、上告人の騒音対策によって「ある程度右被害が軽減されてきている」(原判決引用の第一審判決B一二一表八行目から九行目まで)ことは認められるものの、いまだ「騒音被害を完全に解消するには至」っておらず(原判決引用の第一審判決B一二一表七行目から八行目まで)、また、「全ての音源対策はその性質上所詮完璧を期しがたいものである」(原判決第一分冊六八ページ二行目から三行目まで)とするからであろう。しかし、原判決がいうところの「騒音被害の完全な解消」とはいかなる状態を指すものであるのか必ずしも明らかでないが、これを文字どおりにとれば、航空機騒音による障害が完全に除去された状態を意味すると解するほかないところ、そのような状態になることは、そもそも航空機騒音による被害が発生しなくなったことを意味するものであるから、そのような場合には本来国賠法上の違法性を論ずる余地はないのである。
思うに、違法性ないし受忍限度の判断は、改めていうまでもなく、一定の被害の存在を前提とした上で、それが一般に社会生活上受忍すべき限度を超えるようなものであるか否かを判断するものであるからである。したがって、騒音対策につき「騒音被害の完全な解消」に至っていないことや、「その性質上所詮完璧を期しがたい」ことを理由に、上告人がこれまで本件空港について各種の騒音対策を講じてきた事実を違法性判断に当たり考慮しないことは、違法性判断に当たり「被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情」を全く考慮しないことに等しく、このような違法性判断が大阪空港最高裁判決の示した空港供用の違法性判断の在り方に沿わないものであることは明らかである。
(三) 判例の指摘する「被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情」を空港供用の違法性の判断に当たって考慮するとは、騒音対策を行ってもなお被害が発生していることを前提として、技術的及び財政的制約の下で、採り得る騒音対策が採られているか否かを的確に判定し、これを他の考慮要素と共に総合的に考慮した上判断するということであり、その効果の評価も、原判決のように「騒音被害の完全な解消」に至っているか否かを判定するという硬直した観点からではなく、周辺住民の現実の社会生活上の妨害やうるささの感情がその対策を実施する以前に比してどの程度変容したかということを科学的根拠に基づいて厳密に考察して行われなければならない。そして、上告人は、本件空港において、航空機騒音の防止に関する現在の技術水準の下で可能な最大限度の音源対策及び運航対策を実施するとともに、それによっても避けられない不可避的な騒音障害については、更にこれを軽減するための屋内環境対策及び補償的措置を含む総合的な空港環境対策ともいうべき大規模な周辺対策を巨額の費用を投じて実施しており、その実施による効果には、顕著なものがあるのである。このことは、原判決自身、音源対策としての機材の改良の経緯について、「航空機製造会社にあつては、国際的な騒音規制を見越して、以前から右の基準に適合する大型航空機(被告のいう低騒音大型航空機)を生産しつつある現状にあつたので、控訴人は、国内航空会社に対する行政指導によつて、昭和四八年頃(前記法改正の施行前)から右低騒音大型航空機の積極的な導入を図り、もつて航空機騒音を軽減する方策を進めてきた。また、昭和五〇年代の中頃からは新たに開発された中型の低騒音型機についても積極的な導入を指導してきた。このような方針に沿つて、国内線には昭和四八年一〇月以降右低騒音型航空機を逐次就航させてきており、平成二年七月末現在、日本の定期航空運送事業者が使用するジェット機中に占める同型機の割合は、別紙一〇本判決引用図表別表(三)のとおり八六パーセントであり、騒音基準に適合する改造された機種も含めると一〇〇パーセントになっている。」(原判決第一分冊五三ページ七行目から五四ページ八行目まで)、「控訴人は、改造することが困難であるマクドネル・ダグラスDC―八型機については、できるだけ早期にその使用をやめるよう行政指導を行った結果、別紙一〇本判決引用図表別表(四)のとおり、日本の定期運送事業者全体について、昭和五〇年当時の同型機の保有数が四四機であつたものが、同六二年では六機となり、同六三年一月一日以降現在まで〇機となっている(<証拠略>)。」(原判決第一分冊五五ページ六行目から末行まで)、「本件空港における低騒音型航空機の就航状況については、……昭和五八年六月において改造機種を含め、騒音基準適合機の占める割合は相当高く、同六一年一一月に至り、殆どの航空機が、また平成二年七月以降全部の航空機が右基準適合機となつたということができる。」(原判決第一分冊五六ページ一行目から六行目まで)などと認定した上、「以上によれば、本空港において音源対策としての機材改良による騒音軽減対策は、昭和四九年度から次第にその効果を挙げ始め、同五八年は相当程度の効果が現れ、同六一年一一月には右対策が深く浸透するに至り、かなりの程度に騒音軽減の役割を果たしているものと認められる。」(原判決第一分冊五六ページ七行目から一二行目まで)と判示し、また音源対策としての運航方法の改良についても、「本件空港において、運航方法の改良による騒音軽減対策は、おおむね昭和五二年頃から次第にその効果が現れ始め、騒音軽減運航方式が一定程度騒音被害軽減に役立つているものと認められる。」(原判決引用の第一審判決B一〇六表三行目から六行目まで)と判示し、さらに学校等公共施設に対する防音工事の助成についても、「被告は、学校等の防音工事については、特段の努力をしてきており、防音工事の減音効果も相当高いものと認められる」(原判決引用の第一審判決B一〇八表五行目から七行目まで)とし、住宅防音工事の助成についても、「防音工事全体の減音効果を推量すれば、個々的に家屋の構造ないし老朽化等による遮音効果不全の事例はありうるとしても、全体としては防音工事による遮音効果としては充分の成果を挙げていることが窺える。」(原判決第一分冊五八ページ一一行目から五九ページ二行目まで)とした上、「住宅防音工事の実施により一定程度の減音効果が見込まれるところ、昭和五八年一一月の時点では、必ずしもその実施状況は進ちょくしていなかったが、平成元年の時点では、原告ら周辺住民のほぼ全世帯についてこれが完了されたといい得る。」(原判決引用の第一審判決B一一三表一一行目から同裏一行目まで、原判決第一分冊五九ページ三行目から四行目まで)とそれぞれ判示した上、これら上告人が本件空港において行ってきた諸種の騒音対策の進ちょく状況について、「本件空港における騒音対策の歩みとしては、大阪空港の場合と比較して早目、早目に効果的な音源対策、周辺対策が講じられてきた経緯があることは確かに控訴人主張のとおりである」(原判決第一分冊六六ページ一一行目から六七ページ一行目まで)と判示していることからも明らかである。
このように、上告人は、本件空港において、技術的及び財政的制約の下で、採り得る最大限の措置を講じてきたものであり、その努力は、通常の行政的努力を超えているものであって、行政の行為規範に照らしても模範的なものであるといって過言ではなく、何ら手落ちがあるとの非難を受ける余地はないものである。しかるに、原判決は、この点に何らの考慮も払うことなく、上告人が早目に効果的な騒音対策を講じてきた事実を認定しながら、これらの騒音対策によっても「騒音被害の完全な解消」に至っておらず、また、「騒音対策はその性質上所詮完璧を期し難いものである」との一事から、本件空港供用の違法性判断において、これらの騒音対策を実質的には全く考慮していないものであって、原判決の右認定判断には理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤りの違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 個別の騒音対策の評価の誤り
(一) 音源対策
空港供用の違法性判断に当たり、音源対策の効果を適正に評価するためには、航空機が現代の国民生活にとって不可欠な交通機関であること、及び機材の改良、運航方式の改良について既に相当の進歩が遂げられているが、なお、現在の技術水準及び将来予測される技術水準をもってしては、航空機騒音を完全に除去することは不可能であることを前提とした判断がされるべきであり、右の評価に当たって技術的限界及び経済的妥当性を無視して騒音を低減することまで要求することは、航空機交通機関の存在自体を否定することにもつながるもので正当でなく、このような要求を前提とした判断は、騒音軽減のために現実に払われた努力を過少に評価する結論をもたらすものである。したがって、本件空港に関して上告人が講じてきた騒音軽減に関する努力と成果が妥当であったか否かについては、航空機輸送の果たしてきた役割の重大性及び航空機交通機関の現代社会における位置づけにも適正な評価を払いながら、技術的、経済的可能性の限界を踏まえた上で、適正な評価がされるべきである。
この点に関して、原判決は、音源対策としての機材の改良については、「本件空港において音源対策としての機材改良による騒音軽減対策は、昭和四九年度から次第にその効果を挙げ始め、同五八年は相当程度の効果が現れ、同六一年一一月には右対策が深く浸透するに至り、かなりの程度に騒音軽減の役割を果たしているものと認められる。」(原判決第一分冊五六ページ七行目から一二行目まで)と、また、音源対策としての運航方法の改良については、「本件空港において、運航方法の改良による騒音軽減対策は、おおむね昭和五二年頃から次第にその効果が現れ始め、騒音軽減運航方式が一定程度騒音被害軽減に役立つているものと認められる。」(原判決引用の第一審判決B一〇六表三行目から六行目まで)とそれぞれ評価した上で、「第六 違法性(受忍限度)」の項においても、「被告による騒音対策については、昭和四七年七月に採用された航空機騒音基準適合証明制度による機材改良及び騒音軽減運航方式を中心とする音源対策が、昭和五二、三年頃からかなりの騒音軽減効果を挙げ、航空機騒音の影響を受ける地域をかなり縮少することに成功した。」(原判決引用の第一審判決B一二〇裏一三行目からB一二一表三行目まで)とし、その上で原判決は、「前記(三)の低騒音機種の使用及び(五)の運航方法の改良の結果、本件空港周辺地域における騒音コンターは、……昭和四八年コンターと比較して昭和五八年コンターはかなり縮小しており、更に、……昭和六一年コンターは昭和五八年コンターに比してより縮小している。そして、昭和四八年当時と比較すると、昭和六一年においてはW値で約四ないし七低下しており、昭和四八年のW値八五のコンターは昭和六一年にはおおむねW値八〇のコンターまで低下している。また、右各年コンターのW値面積は逐年縮小されており、昭和四八年、同五八年、平成三年各コンターのW値面積対比は……昭和四八年コンターの面積を一〇〇とすれば、W値七五で昭和五八年五七、平成元年四三、W値八〇で昭和五八年六二、平成元年四四、W値八五で昭和五八年五八、平成元年四〇であり、平成元年コンターでは昭和四八年コンターの半分以下の面積となつている。」(原判決第一分冊四三ページ一一行目から四五ページ三行目まで)と認定している。
原判決の右認定のとおり、上告人の採った音源対策の結果、本件空港周辺の航空機騒音量は、同一場所における騒音量及び航空機騒音が影響を及ぼしている区域の面積のいずれの点からも顕著に減少しているのであり、このように、行政上の努力によって低騒音化のための航空機材の改良及び運航方法の改良を強力に推進し、航空需要に応じつつ航空機騒音の軽減化を着実に実現してきた上告人の努力及びその成果は、本件空港供用の違法性判断に当たって十分考慮されなければならない。
しかるに、原判決は、前記のとおり「騒音被害の完全な解消」に至っていないとの一事により上告人が講じてきた音源対策を過小に評価し、本件空港供用の違法性判断に当たって実質的には全く考慮していないのであり、このような原判決の認定判断は、音源対策における技術的、経済的可能性の限界について考慮することなく、航空機騒音対策がこのような限界を超えて実施されるべきであるとの誤った視点から音源対策を評価したものといわざるを得ず、右認定判断には理由不備または理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤りの違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
(二) 住宅防音工事助成
原判決は、住宅防音工事の効果について、「防音工事全体の減音効果を推量すれば、個々的に家屋の構造ないし老朽化等による遮音効果不全の事情はあり得るとしても、全体としては防音工事による遮音効果としては充分成果を挙げていることが窺える」(原判決第一分冊五八ページ一一行目から五九ページ二行目まで)と判示しながら、「しかしながら、日中における通常人の生活は、防音室内に常時在室している訳ではなく、他の非防音室ないし外部への出入り等が頻繁に繰り返されるものであるし、防音工事を実施したとしても、空調装置等の作動による電気料金等の経済的負担が重くなるうえ、また健康上も常時室内を閉め切る訳にはいかないであろう。更に、原告らのうち早期に防音工事を実施した者はなお一室ないし二室防音にとどまるものが多く、全室防音には程遠い現状である。これらの事実に照らせば、被告の主張する住宅防音工事の実施は、原告らの被る航空機騒音による損害を全面的に解消させるほどのものと認めることはできない。」(原判決引用の第一審判決B一一三裏二行目から一二行目まで)と断じている。その上で、原判決は、本件空港供用の違法性判断に当たっては、上告人が住宅防音工事の助成を実施している事情を実質的には全く考慮せず、専ら、屋外においてWECPNL八〇という航空機騒音量が発生していることをとらえて本件空港の供用を違法とし、防音工事の点は、「住宅防音工事の助成を受けた者(別紙一一別表第一損害賠償額等一覧表1、同二のとおり。)については、施工日の翌日以降施工部屋数一室当り前記慰謝料基準額の一割減とする。」(原判決第一分冊九二ページ八行目から一一行目まで)として、単に慰謝料の減額事由として考慮しているにすぎないのである。
改めていうまでもなく、航空機騒音対策の基本は、発生源の騒音を低減することであり、上告人は、前記のとおり、既にこれらの基本的対策を技術的、経済的に可能な限り実施してきているが、なおこれによっても完全に除去されない騒音の障害を遮断し又は低減するために空港周辺環境対策を実施しているものであり、その重要な柱となっている対策が住宅防音工事の助成なのである。しかるに、原判決は、前記のとおり、住宅防音工事によってもたらされる防音効果それ自体については、「充分の成果を挙げている」(原判決第一分冊五九ページ一行目から二行目まで)としながら、<1>日中の通常人の生活は、防音室内に常時在室しているわけではなく、他の非防音室ないし外部への出入りが頻繁に繰り返されるものであること、<2>防音工事を実施したとしても、空調装置等の作動による電気料金等の経済的負担が重くなる上、健康上も常時室内を閉め切るわけにはいかないこと、<3>原告らのうち早期に防音工事を実施した者は、なお一室ないし二室防音にとどまることが多く、全室防音には程遠い現状であることを理由に、「被告の主張する住宅防音工事の実施は、原告らの被る航空機騒音による損害を全面的に解消させるほどのものと認めることはできない」(原判決引用の第一審判決B一一三裏一〇行目から一二行目)と判示し、住宅防音工事による効果の評価を専ら「航空機騒音による損害を全面的に解消させる」ものと認められるか否かという観点から行っている。しかし、住宅防音工事の施工により航空機騒音による損害が全面的に解消されるに至るならば、そもそも被害が存在しなくなり、したがって、既述のとおり国賠法上の違法性を論ずる余地はなくなるのであるから、空港供用の違法性判断に当たり騒音対策として実施された住宅防音工事の助成を考慮するとは、住宅防音工事の施工によって航空機騒音による損害が全面的に解消されるに至っていない場合であっても、住宅防音工事の助成を行っていることが、他の諸対策とあいまって、技術的及び財政的制約の下で、でき得る限りの騒音対策を採っていると認められるか否かを判断することであり、住宅防音工事の効果を評価するに当たっても、右のような観点から評価すべきは当然である。
そのような観点からみるならば、原判決が指摘する右<1>ないし<3>の理由は、以下に述べるとおり、いずれも防音工事の意義を減殺させるものとは到底いえないのである。
まず、<1>についていえば、日中における通常人の生活が常時防音室内に在室して営まれるものでないことは原判決指摘のとおりであるが、少なくとも在宅時には大部分は居室内に在室しているのが通常であるから、その居室に防音工事が施工されていれば、居住者は防音工事の効果を享受しているものというべきである。殊に、原判決の認定に係る被害は、会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害及び睡眠妨害という、通常居室内において営まれる日常生活の妨害であり、したがって、居室に防音工事が施工されていれば、原判決が妨害されるとするそれらの活動は、通常は防音室内において営まれることになるのである。そして、本件空港周辺においては、原判決も認定するとおり、少なくとも、平成元年の時点では原告ら周辺住民のほぼ全世帯について住宅防音工事が完了しているのであるから、後記の全室防音工事を申請しない者についてはともかくとして、その他の住民については、いわゆる全室防音工事(正確には、家族数に一を加えた数で五室を限度とするものであるが、我が国における標準世帯の居室数を前提とすれば、ほぼ全室防音化ということができる。)が完了しているのである。したがって、原判決が認定する被害との関係では、被害が発生するとする活動は通常在宅時においては防音室内で営まれているというべきであるから、住宅防音工事の助成により被害が大幅に軽減されていることはもちろん、むしろ「全面的に解消されている」ともいい得るのであって、通常人が常時防音室内に居るわけではないとの一般論から防音工事の効果を過小に評価することは失当というべきである。また、外出時等の居宅外においては住宅防音工事の効果を享受することができないのは当然であるが、そもそも住宅防音工事の助成の目的が在宅時における種々の騒音障害を防止軽減することにあり、原判決が認定する被害も在宅時に生じるものであるから、外出時等には住宅防音工事の効果を享受し得ないことをもって、住宅防音工事の効果を否定的に評価することが失当であることは、多言を要しないところである。なお、付言すると、上告人は、在宅時における航空機騒音がもたらす日常生活に対する妨害を防止軽減するための対策として住宅防音工事の助成を実施するとともに、自宅以外でも学習、サークル活動等知的作業等が行われているということを踏まえ、学校等公共施設及び学習等供用施設、図書館等に対しても防音工事の助成を実施しているのであるから、騒音対策としての住宅防音工事の効果を評価するに当たっては、その他の周辺対策も含めた総合的な周辺対策の中における住宅防音工事助成の位置づけをはっきり認識する必要があるのである。そうすると、人が一日の生活の中で在宅していない時間があることや在宅していても防音室に居ないことがあるということから、住宅防音工事の効果を過少に評価する原判決の認定判断は不当であり、また理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというべきである。
次に、<2>についていえば、確かに住宅防音工事により設置される空調装置等を作動させれば一定額の電気料金が居住者の負担となることは、原判決が指摘するとおりであるが、住宅防音工事に伴って空調装置として設置されるルームエアコンは、一般家庭に設置されているルームエアコンと差異がないものであり、このルームエアコンの設置は、既に広く普及した生活消費財と認められるものであるから、その電気使用料金は現代生活に伴う一般的支出にすぎないものというべきである。しかも、その料金自体は、上告人の原審における最終準備書面第一分冊一三七ページ二行目から一四五ページ七行目までにおいて試算したとおり、一台当たり日額わずか二三三円程度のものであるから、特段の理由も示さずに、右の電気料金が居住者の負担となることが過度の負担であるかのようにいう原判決の判示は、失当というほかない。また、原判決は、上告人が、原審において客観的資料に基づき、防音工事により設置される空調装置の稼働費用を具体的に試算して主張しているにもかかわらず、単に第一審判決を引用して、前記のとおり、「空調装置等の作動による電気料金等の経済的負担が重くなる」と判示するのみであり、右判断には理由不備があるというべきである。さらに、原判決は、第一審判決を引用して、「健康上も常時室内を閉め切る訳にはいかない」と判示するが、いかなる証拠、根拠に基づき右のような判断をしたのかについては全く明らかにしていない。しかし、防音工事室には空調装置等が設置されており、これらを稼働させれば、防音室を閉め切っても健康上全く支障がないことは経験則上明らかであるから、原判決が何をもって右のような判断に至ったのか全く不可解というほかない。なお、右判示は、「常時室内を閉め切る」と述べていることからすると、防音工事施工室において十分な防音効果を得るためには「常時」すなわち航空機が飛行する時間帯は間断なく窓を閉めていなければならないものであることを前提としていると思われるが、航空機騒音に暴露されている間は、窓を閉めなければ効果を得ることができないのは当然であるが、その余の時間は、航空機騒音自体が存在しないのであるから、必ずしも間断なく窓を閉めておく必要はないのである。そして、原判決が認定した被害との関係でいえば、原告ら居住者が、居宅内において、会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴、思考・読書・家庭における学習等知的作業といった活動を行っていない時間帯においては、そもそも認定された被害が発生しないという意味で住宅防音工事の効果を論ずる必要はないのであるから、その点からも、「常時」窓を閉めきらなければならないということを理由に住宅防音工事の効果を過少に評価することは、失当というべきである。
最後に、<3>についていえば、被上告人らのうちになお一室ないし二室の防音にとどまる者がいることは確かであるが、そのことから直ちに「全室防音とは程遠い現状である。」として、住宅防音工事の効果を過少に評価した原判決の判断は、失当である。すなわち、住宅防音工事の助成は、あくまでも助成を受ける資格を有する空港周辺住民の申請に基づいて実施されているものであって、上告人が住民の意思を無視してその居宅に防音工事を施工することは制度上不可能なのであり、本件空港周辺において、現時点においても全室防音工事が施工されていない居宅は、居住者からの申請がないため防音工事が施工されていないにすぎないのである。上告人としては、申請があれば適宜防音工事を実施できる態勢を整えているのであるから、居住者が申請しないためにいまだ全室防音工事が施工されていない居宅があることをもって、住宅防音工事の効果を低く評価することは、当を得ないというほかない。
以上のとおり、住宅防音工事の意義を減殺する事情として原判決が指摘する右<1>ないし<3>の判断は、いずれも失当であり、結局、原判決は、住宅防音工事の施工によっても、「航空機騒音による損害を全面的に解消」させるに至っていないとの一事により上告人が講じてきた住宅防音工事の助成を過小に評価し、本件空港供用の違法性判断に当たっては実質的にはこれを全く考慮していないのであって、このような原判決の認定判断には理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤り及び経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
なお付言すると、原判決も認定するとおり、上告人の助成により施工されている住宅防音工事の遮音効果それ自体は、十分な成果を挙げているものであり、この工事によって改善された、原審検証の実施地たる岡澤宅、内山宅、吉瀬宅等の防音工事施工室内の窓を閉めた状態でのWECPNLの値は、いずれも「航空機騒音に係る環境基準」によって、環境基準が達成されたのと同様の屋内環境であると評価されているWECPNL六〇をはるかに下回るWECPNL四〇台であることが認められる(原判決第一分冊五七ページ八行目から五八ページ六行目まで)など、住宅防音工事が施工された部屋においては、右環境基準の改善目標は既に達成されているのであって、環境基準が達成された場合とほぼ同様の屋内環境が保持される状態となっているのである。原判決認定の被害は、いずれも通常は居室内における日常生活活動に対する妨害なのであるから、住宅防音工事の施工は、それら妨害の除去に十分役立っているというべきであり、したがって、原判決の、住宅防音工事の施工によっても「航空機騒音による損害を全面的に解消するほどのものと認めることはできない」との判断は、この点からみても失当というべきである。
(三) 移転補償
原判決は、「移転補償は、航空機騒音被害から免れるには最も効果的な方策である」(原判決第一分冊六〇ページ八行目から九行目まで)と正当に判示しながら、「同対策は、特に被控訴人らとの関係においていえば、必ずしも充分の進展をみていない」(原判決第一分冊六〇ページ九行目から一一行目まで)として、本件空港供用の違法性判断において、上告人が騒音対策として移転補償を実施していることを実質的には全く考慮していないのである。
移転補償は、空港周辺で航空機騒音等の影響を受けるため居住等の環境として適切でないと思われる区域に居住等する住民を一層好ましい環境に移転させることを目的とした制度であり、原判決も判示するとおり「航空機騒音被害から免れるには最も効果的な方策」である。しかし、この制度を利用するか否かは、居住者の任意の意思にゆだねられており(航空機騒音防止法九条)、居住者としては、航空機騒音の影響を抜本的に解消することを希望する場合は、この制度を利用することができるが、これを希望せず、あえて居住を継続しようとする場合には、立ち退きを強制されることはなく、また、住宅防音工事の助成を受けることもできるのである。このように、移転補償制度を利用するか否かは、居住者の意思にゆだねられているのであるから、これを利用せず、居住を継続するというのであれば、その居住者は、航空機騒音の影響があっても、なお当該地域に居住する利便を選択しているものというべきであるから、その不利益も自ら甘受すべきものである。したがって、居住者が現にこの措置を利用するか否かにかかわらず、すなわち、この制度の利用実績いかんにかかわらず、このような施策が採られていること自体が、空港供用の違法性判断に当たって十分考慮されるべきである。しかるに、原判決は、本件空港において移転補償が「必ずしも充分の進展をみていない」との理由から、本件空港供用の違法性判断に当たって、上告人が移転補償制度を講じていることを実質的には全く考慮していないのであり、その認定判断には、違法性に関する法令の解釈・適用の誤りがあり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
また、原判決は、本件空港において移転補償が「必ずしも充分の進展をみていない」理由として、「移転補償金は、『公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱』に基づいて算定されるところ、同要綱は、近傍類似の価格を基準とするが、移転対象区域の地価は、福岡市周辺地域においては比較的廉価であるため、移転補償金が低くならざるを得ないところにその一因があると考えられる。」(原判決第一分冊六〇ページ一二行目から六一ページ四行目まで)と判示するが、現実に移転補償金が低いものになっているかどうかについては全く判断しておらず、また、「移転対象区域の地価は、福岡市周辺地域においては比較的廉価である」との事実についても、これを認めるべき証拠が示されておらず、根拠のない憶測に基づくものというべきである。かえって、上告人は、移転補償措置の実施を促進するため、本件空港周辺については、空港周辺整備機構に航空機騒音防止法に基づく移転希望者のための代替地造成事業を行わせるとともに、同機構に対し、事業費の二〇パーセント、代替地造成に伴う道路緑地等の公共負担部分の八〇パーセントのいずれか低い額についての国庫補助並びに上告人及び地方公共団体から無利子融資を行うことにより、その譲受価格の低廉化を図ってきており、移転者にとって購入しやすいものとなっている(上告人の第一審最終準備書面第一分冊九六五ページ以下参照)のであるから、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
三 本件空港の公共性の評価について
1 違法性判断要素としての公共性についての判断方法の誤り
(一) 本件は、いうまでもなく私益相互の対立ではなく、公共の利益と私益との対立が問題となっている事案であり、右のような私益相互の対立の場合と公共の利益と私益との対立の場合とでは、本来、それぞれの違法性の論理構造は、せつ然と区別されるべきものであるが、原判決の判示は、この点についての正しい理解を欠いているといわざるを得ない。
すなわち、違法とは広く法秩序違背をいうものと解されるところ、私益相互間の対立の場合には、双方の利益が対等の立場で尊重され、それゆえ、一方からの法益侵害があればすなわちそれが原則として法秩序に違背するものとして違法を構成するといい得るのに対して、本件のように公共の利益と私益との対立の場合には、そこで問題とされている本件空港の供用のような国の行う公共事業等の行政作用が、公共の利益を実現するために法令に基づきあるいはこれに依拠して行われることから、それが仮に特定の私益を侵害したとしても、そのことから直ちに原則的に違法を構成するとしたり、公共の利益との比較衡量により例外的に違法性が阻却されることがあるにすぎない、などと考えるべきものではない。一般に、法令に基づきあるいはこれに依拠して国の行う公共事業等の公共性ないし公益性を有する行為が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかを判断するに当たっては、既述のとおり大阪空港最高裁判決が正しく判示するように、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸事情をも考慮し、これらの諸要素を全体的、総合的に考察してこれを決しなければならないのである。そして、公共性のある行為に伴って第三者に被害が生ずる場合にその行為を違法と断ずるためには、公共性を帯びない行為との関係で受忍限度とされる程度を超える被害が生じているというのみでは足りないのであって、当該行為の態様と侵害の程度、その他右に述べた諸要素を比較衡量の上、全体的、総合的に判断して受忍限度の限界が画されるべきであり、右諸要素の比較衡量においては、当然のことながら、公共性が高ければ、それに応じて受忍限度の限界も高くなるべきものである。したがって、高度の公共性のある国の行為に関して第三者に生じた被害が、身体的被害又はこれに準ずるような重大な被害に至らない精神的不快感、生活妨害のようなものである場合には、原則として、かかる被害は受忍限度内にあるものというべきである。
このことは、防衛飛行場に関する事案についての東京高等裁判所昭和六一年四月九日判決・判例時報一一九二号一ページ(以下「厚木基地東京高裁判決」という。)が、次のとおり、正しく判示するところである。
「一般に、公共性のある行為に伴って第三者に被害が発生する場合、加害行為を違法とするためには、公共性を帯びない行為との関係で受忍限度とされる程度を超える被害が生じているというのみでは足りないのであって、当該行為の公共性の性質・内容・程度に応じて受忍限度の限界が考慮されるべきであり、これについては、公共性が高ければ、それに応じて受忍限度も高くなるといわなければならない。本件の場合、本件飛行場の沿革、周辺地域の事情のもとで、被告による本件飛行場の使用及び供用行為の高度な公共性を考えると、これに基づく原告らの被害が前記のような情緒的被害、睡眠妨害ないし生活妨害のごときものである場合には、原則として、かかる被害は受忍限度内にあるものとして、これに基づく慰藉料請求は許されないのであり、例外的に、身体的被害の原因となる深刻な加害が存するときにのみ、更にその他の事情を併せ考慮して、受忍限度を超える被害があるものとして、その請求が許され得るものと解するのが相当である。」(前掲誌七〇ページ)
また、大阪空港最高裁判決も、控訴審判決の判断を是認するに当たり、同判決を「必ずしも本件空港の供用によって周辺住民に被害が生ずること自体をもって直ちにその設置、管理の瑕疵としているわけではなく、右被害は一般に社会生活上受忍すべき限度を超えるようなものであるが、本件空港のもつ公共性に照らし、右の限度を超える場合でもなおかつ公共の必要性から更に一定の限度まではこれを甘受しなければならないとすべきものであることを前提とし」(民集三五巻一〇号一三八九ページ)たものと解しており、ここにも右と同様の考え方が示されているのである。
このように、侵害行為の違法性について判断するについては、単なる騒音の物理的な程度だけではなく、その騒音発生源の持つ公共性、社会的有用性を含めた行為の性質、態様を十分考慮すべきであるし、また、被侵害利益の性質、内容についても慎重に吟味し、その両者の相関関係の中で侵害行為の違法性の判断をすべきものである。
(二) これを本件についてみると、本件において原判決が被害として認定するものは、身体的被害ではなく、会話・電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害、睡眠妨害並びに不快感等の精神的被害であるから、結局のところ「生活妨害」に尽きるものであるが、このような利益は、仮に、それが損害賠償について法律上保護されるべき利益に当たるとしても、その性質上他者に対して常に優越性を主張し得るほどの強固なものではなく、その被害の程度が重大であり侵害行為の不法性が大きいと認められるときにのみ法的保護の対象となるものといわなければならない。
他方、本件空港の設置・管理及び供用行為は、本件空港が高度の公共性を有するが故に、本件空港の設置・管理については航空法等の法令に基づいて、また、本件空港における民間航空機、自衛隊機及び米軍機の運航活動については法律、条約等の高次の法令に基づいて、それぞれ行われているものであるから、これら法令の規定に基づいた行為が高度の公共性を有し、かつ、本来適法な行為であることはいうまでもないところである。そして、本件で侵害行為とされている航空機騒音は、右適法行為から不可避的、随伴的に生ずるものであり、しかも、被上告人らの訴える前記被害は、法令の許容する本件空港における航空機の運航活動により一般に予想される範囲内の騒音障害というべきものであるから、本件空港の供用が、被上告人らとの関係で受忍限度を超えるものとして違法とされる余地はないというべきである。
この点について、原判決は、一方では、本件空港が国際的、国内的にみて経済、社会、文化等多方面において被上告人らを含む地域住民にとって有用な存在であること、その供用に対する公共的要請が相当高度のものであることを認めており、このような本件空港における高度の公共性を、被侵害利益との関係を考慮して正当にとらえ、格別に低く評価するようなことをしない限りは、被上告人らの被害が前記のような生活妨害の程度のものである以上、このような被害は、原則として、受忍限度内のものであり、本件空港における民間航空機等の運航活動は違法性を有しないものとの結論に至るのが当然の帰結である。
(三) しかるに、原判決は、公共性について、第一審判決が「航空機による迅速な公共輸送の必要性(は)……、現代社会、特にその経済活動の分野における行動の迅速性へのますます増大する要求に照らして、それが公共的重要性を持つものであることは自明であり、本件空港が国内・国際航空路線上に占める地位からして、その供用に対する公共的要請が相当高度のものであることも明らかである。……しかし、本件空港の供用によりもたらされる便益は、通常の場合、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的な優先順位を主張し得るものとは必ずしもいえない。のみならず、右供用によって被害を受ける地域住民はかなりの多数にのぼり、その被害内容も広範且つ重大なものであり、しかもこれら住民が空港の存在によつて受ける利益とこれによつて被る損害との間には、後者が増大すれば必然的に前者も増大するという彼此相補の関係も成り立たず、前記の公共的利益の実現は、原告ら周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能であつて、無視することのできない不公平が存することを否定できない。したがつて、前記公共性は、受忍限度をある程度高めはするが、これがあるからといつて、本件侵害行為の違法性がなくなるということにはならないというべきである。」と判示した部分(第一審判決B一二一表一〇行目からB一二二表六行目まで)を引用した上で、さらに、「本件空港の公共性ないし公益上の必要性の内容は単に航空機による迅速な公共輸送の必要性という一面的な評価で足りるものではなく、国際的、国内的にみて本件空港が経済、社会、文化等多方面において地域社会に如何に貢献し、地域住民にとつて如何に有用であるかについて多面的な評価を必要とすることは控訴人の主張するとおりである。そして、本件空港が国際的、国内的にみて経済、社会、文化等多方面において被控訴人らを含む地域住民にとって有用な存在であることもこれまた控訴人指摘のとおりであろう。」と判示しながら、引き続いて、「しかしながら、だからといつて本件空港が被控訴人ら地域住民の日常生活の維持存続にとつて必要不可欠な存在であり、その公共性ないし公益が被控訴人ら地域住民の騒音被害に絶対的に優先すると必ずしもいえないことは大阪空港最高裁判決の昭和五六年当時と変りはないのであり、本件空港によつてもたらされる便益が被控訴人ら地域住民の日常生活にとつて必要不可欠とは到底いえないばかりか、本件空港の存在によつてもたらされるべき間接的な便益の故に被控訴人ら一部地域住民が被るべき直接的な騒音被害をその犠牲において受忍しなければならない道理は全くないというべく、このことは差止請求ではなく損害賠償請求における受忍義務においては殊更に見易い道理である。」(原判決第一分冊六四ページ一三行目から六六ページ六行目まで)と判示している。そして原判決は、更に、続けて、航空機騒音の受忍限度の基準値については、「本件において認められる被害は……うるささに基づく不快感、睡眠妨害及びその他の生活妨害なのであるから、WECPNL方式はまことに相当な方式というべきである。」とし、さらに「「航空機騒音に係る環境基準」が……類型IIの地域(……)においてはW値七五以下と定めていることが充分に考慮されなければならない。」、「右基準は……国が航空機騒音に対する総合的施策を進める上での行政上の達成目標であるというべきであるから……右基準値をもってそのまま受忍限度の基準値とすることは適当ではないというべきであるが、右の基準値は国自らが慎重な考慮に基づいて騒音対策を必要とする基準として定めた値であるから、受忍限度の決定に対しても重要な意味をもつものというべきである。しかも、右基準値については、達成期間が定められて(いるが)、……右環境基準が設定されてから今日まで約一八年間が経過し、中間改善目標期間はもちろんのこと、達成期間も到来したといって差支えないことを看過する訳にはいかない。」として、「受忍限度の基準値は右環境基準を上廻ることは止むを得ないとしても、これを大幅に超えることは許されないものと考える。」(原判決第一分冊六九ページ末行から七二ページ末行まで)とし、右を前提とした上で、公共性を受忍義務の加重要素としてどの程度考慮すべきかとの観点から、「本件空港が国際的、国内的各種交通網の一環として存在し、単に航空機による迅速な公共輸送の必要性という観点からだけではなく、福岡県はもとより我が国の全国総合開発計画における文化的、経済的、社会的な結び目という観点から今や必要不可欠な存在であることは疑う余地がない。従って、たとえ前記環境基準ないし航空機騒音防止法の区域指定のW値の決定に当たり行政機関からある程度考慮されているからといっても、受忍限度の基準値の決定につきその公共性を全く参酌しない訳にはいかない。」(原判決第一分冊七三ページ一二行目から七四ページ一〇行目まで)とし、「以上……検討したところに従い、騒音の態様と程度、騒音被害の性質と内容、空港供用の公共性と程度、被控訴人ら居住地の地域的特性、騒音対策の内容と成果等の諸事情を総合的に考察し、後記損害賠償請求可能期間である昭和四八年三月三〇日から当審口頭弁論終結の日である平成三年八月三〇日までの期間との関係において一定の受忍限度の基準値を定めるとすれば、本件空港周辺の航空機騒音被害は、少なくともW値八〇程度以上をもって当該騒音に暴露された地域に居住し、又は居住していた被控訴人又はその被承継人について、受忍限度を超えたものとして違法性を帯びるものと認めるのが相当である。」(原判決第一分冊七六ページ五行目から七七ページ三行目まで)と判示しているのである。
これをみると、結局のところ、原判決は、違法性の判断をするのに、騒音の物理的な程度を殊更重視し、かつ、本件空港周辺において一定の屋外騒音値が発生する限りは本件空港の供用が原則として違法な侵害行為になるとの独自の見解の下に、本件空港の公共性を単に別個独立の部分的違法性減殺事由としてのみ考慮したのに等しく、本件空港の公共性、社会的有用性との相関関係の中で被侵害利益の性質・内容について慎重に吟味することも怠っているといわざるを得ないのであって、原判決の右のような認定判断の手法は本件空港供用行為の公共性を実質的には不当に低く評価していることに帰し、違法性に関し公共性についての判断方法を根本的に誤っているものというほかなく、したがって、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤り及び経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 本件空港における公共性の減殺要因についての原判決の認定評価の誤り
(一) 大阪空港最高裁判決は、同空港の公共性ないし公益上の必要性に関して、「これによる便益は、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的ともいうべき優先順位を主張し得るものとは必ずしもいえないものであるのに対し、他方、原審の適法に確定するところによれば、本件空港の供用によつて被害を受ける地域住民はかなりの多数にのぼり、その被害内容も広範かつ重大なものであり、しかも、これら住民が空港の存在によつて受ける利益とこれによつて被る被害との間には、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うというような彼此相補の関係が成り立たないことも明らかで、結局、前記の公共的利益の実現は、被上告人らを含む周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能であつて、そこに看過することのできない不公平が存することを否定できないのである。更に、原審の適法に確定するところによれば、上告人は、本件空港の拡張やジェット機の就航、発着機の増加及び大型化等が周辺住民に及ぼすべき影響について慎重に調査し予測することなく、影響を防止、軽減すべき相当の対策をあらかじめ講じないまま拡張等を行つてきた、というのであり、これらの経過に照らし、かつまた、右の拡張等がそれなりの公共的必要に応ずるものであつたとしても、そこにはいつたん成立した既成事実に基づいておのずから生ずる需要の増大に対し更にこれに応えるという一種の循環作用もある程度介在していると思われることをあわせ考慮するときは、原審がこれらの点にかんがみ上告人において公共的必要性を強く主張することには限界があると判断したことにも、それ相当の理由があるといわなければならない。」(前掲民集一三九一ページ以下)と判示している。
右判示によれば、大阪空港最高裁判決は、その原審の認定した「本件空港の供用によつて被害を受ける地域住民はかなりの多数にのぼり、その被害内容も広範かつ重大なものである」こと及び「本件空港の拡張やジェット機の就航、発着機の増加及び大型化等が周辺住民に及ぼすべき影響について慎重に予測することなく、影響を防止、軽減すべき相当の対策をあらかじめ講じないまま拡張等を行つてきた」ことという、大阪空港に固有かつ特殊な事実関係を前提とした上で、公共的必要性の主張には限界があり、空港周辺の広範な住民の被害及び騒音対策の不備が違法性の判断における空港の社会的有用性の評価を減殺する要因となることを認め、大阪空港訴訟の事案においては、地域全体の騒音被害が大きいこと及び騒音対策の不備が著しいことから、同空港の有用性の評価がかなり減殺されるとしたものと解される(加茂紀久男・最高裁判所判例解説民事篇昭和五六年度四三事件八〇〇ページ参照)。
(二) 確かに、大阪空港訴訟の控訴審判決が認定した同空港周辺のWECPNL七五以上の区域の世帯数は約一七万九〇〇〇世帯、WECPNL八五以上の区域の世帯数は約三万三二〇〇世帯、WECPNL九〇以上の区域の世帯数は約一万二五〇〇世帯であり、加えて、当時の騒音対策が現在に比べて不備であったことも否定できないところであるから、これらの事情に照らせば、大阪空港の社会的有用性が大幅に減殺されて評価されたことにもある程度やむを得ない面があろう。
しかしながら、本件空港においては、航空機騒音防止法に基づくいわゆる騒音指定区域内の世帯数は、大阪空港の事案と比べると格段に少なく、本件空港周辺においては、昭和五七年三月三〇日告示の時点においてすら、第一種区域(WECPNL七五以上)内は二万九三四四世帯、第二種区域(WECPNL九〇以上)内は二六一八世帯、第三種区域(WECPNL九五以上)内は五八二世帯であり(<証拠略>)、平成元年の騒音コンターによれば、各指定区域の基準値に対応するWECPNLのコンター内の世帯数は、右の世帯数より更に大幅に減少している(<証拠略>)のであるから、本件空港の社会的有用性の評価を減殺させるほどの騒音被害が本件空港周辺に存在するとはいえない。また、本件空港においては、昭和四七年に公共用飛行場として発足する以前から将来の騒音問題を予測し、これを防止すべき措置を講じながら慎重に空港の運用を行い(上告人の第一審における最終準備書面第一分冊八七九ページ一行目から九〇二ページ九行目まで参照)、現在までの間に、全体として大阪空港訴訟当時のそれとは比較にならないほど強力でかつ充実した騒音対策が講じられ、加えて、ここ十数年の間における音源対策及び周辺対策の進ちょくによる騒音軽減の効果には著しいものがある(原判決第一分冊六六ページ六行目から六七ページ一行目まで)のであるから、本件空港の社会的有用性の評価を減殺するような騒音対策の不備も存在しないのである。
(三) しかるに、原判決は、公共性について、第一審判決が、「右供用によつて被害を受ける地域住民はかなりの多数にのぼり、その被害内容も広範且つ重大なものであり……前記の公共的利益の実現は、原告ら周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能であつて、無視することのできない不公平が存することを否定できない。」と判示した部分(第一審判決B一二一裏七行目からB一二二表三行目まで)を引用した上で、「大阪空港最高裁判決によつて空港の社会的有用性の減殺理由とされた諸般の事情について、これを大阪空港の場合と比較すれば、本件空港の規模は相対的に小さく、航空機騒音防止法の指定区域内の世帯数も少なく、また、平成元年コンター内の世帯数は益々減少していること(<証拠略>)、本件空港における騒音対策の歩みとしては、大阪空港の場合と比較して早目、早目に効果的な音源対策、周辺対策が講じられてきた経緯があることは確かに控訴人主張のとおりであるかもしれない。しかしながら、控訴人の右主張はあくまで本件空港と大阪空港の比較において有意であるにすぎず、それなるが故に本件空港につき被控訴人ら空港周辺住民に対し騒音被害を受忍することを要求すべき社会的有用性があるとすることはできない。本件空港の供用によって被害を受ける地域住民は、前示のとおり福岡は福岡なりにかなりの多数にのぼっており、平成元年コンターに基づく被害世帯数が従前より減少しているからといつても本訴損害賠償請求は昭和四〇年代に遡るばかりか、その被害内容も広範かつ重大なものというを妨げず、また、騒音対策については、周辺対策にしても移転補償が充分の進展をみたといえないことは既に引用した原判決理由B一一五枚目裏五行目以下の説示のとおりであり、その他の周辺対策はもとより、全ての音源対策はその性質上所詮完璧を記しがたいものであるからである。」(原判決第一分冊六六ページ六行目から六八ページ二行目まで)と判示している。
原判決の右判示の前段をみると、本件空港の公共性の評価において、前述したような本件空港周辺住民全体の被害の内容、程度、騒音対策の進ちょく状況及び効果を、大阪空港訴訟の事案と具体的に対比検討して正確に把握した上で適切に評価すれば、本件空港の公共性、社会的有用性を減殺させるほどの騒音被害、騒音対策の不備が存しないとの結論に至るのが当然の帰結である。しかるに、原判決は、この点について、「控訴人の右主張はあくまで本件空港と大阪空港の比較において有意であるにすぎず」という、極めて不備な理由づけで上告人の主張を排斥し、その一方、本件空港に関して、「その被害内容も広範かつ重大なものというを妨げず、また、騒音対策については、周辺対策にしても移転補償が充分の進展をみたといえない」として、殊更に本件空港の公共性の減殺要素を強調することを試みているが、原判決の挙げる右のような減殺要素は、既に明らかにしたように、事実の裏付けを全く欠いており、理由不備又は理由齟齬及び経験則違背があるというべきである。
既に詳述したように、大阪空港の場合と比較して、本件空港周辺において、空港供用により騒音障害の影響を受ける地域住民の数及びその障害の内容、程度、広がり並びに騒音対策の進ちょく状況及びその効果には大きな差異があるのである。ところが、原判決が、このような差異を無視して違法性の評価に反映させず、表面的には大阪空港最高裁判決の説示をそのまま引用したような判示をするのは、紛争の個別性を無視したものであり、到底同判決の判示を正しく理解したものとはいえず、その結果、原判決は、本件空港についての公共性の評価を誤ったものというべきであって、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤り及び経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
3 本件空港の公共性についての認定判断の誤り
(一) 大阪空港最高裁判決は、同空港の公共性ないし公益上の必要性に関して、「主張されている公共性ないし公益上の必要性の内容は、航空機による迅速な公共輸送の必要性をいうものであるところ、現代社会、特にその経済活動の分野における行動の迅速性へのますます増大する要求に照らしてそれが公共的重要性をもつものであることは自明であり、また、本件空港が国内・国際航空路線上に占める地位からいって、その供用に対する公共的要請が相当高度のものであることも明らか」であるとしながら、「しかし、これによる便益は、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的ともいうべき優先順位を主張し得るものとは必ずしもいえないものであ」り、「これら住民が空港の存在によつて受ける利益とこれによつて被る被害との間には、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うというような彼此相補の関係が成り立たないことも明らかで、結局、前記の公共的利益の実現は、被上告人らを含む周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能であつて、そこに看過することのできない不公平が存することを否定できないのである。」(前掲民集一三九一ページ)と判示したが、前記1(三)のとおり、原判決も、第一審判決を引用した上、「本件空港が被控訴人ら地域住民の日常生活の維持存続にとつて必要不可欠な存在であり、その公共性ないし公益が被控訴人ら地域住民の騒音被害に絶対的に優先すると必ずしもいえないことは大阪空港最高裁判決の昭和五六年当時と変りはないのであり、本件空港によつてもたらされる便益が被控訴人ら地域住民の日常生活にとって必要不可欠とは到底いえないばかりか、本件空港の存在によつてもたらされるべき間接的な便益の故に被控訴人ら一部地域住民が被るべき直接的な騒音被害をその犠牲において受忍しなければならない道理は全くないというべく、このことは差止請求ではなく損害賠償請求における受忍義務においては殊更に見易い道理である。」と判示している。
(二) しかしながら、本件空港の公共性についての原判決の右認定判断は、違法性判断における利益衡量を誤り、右公共性に低い評価しか与えていないものというべきである。
すなわち、大阪空港訴訟で主張された公共性の内容は、航空機による迅速な公共輸送の必要性であったが、その後において更に広がる地方の国際化、急激に進展する技術革新及び情報化、人々の価値観及び生活の多様化等の社会経済の変化は、必然的に航空需要の飛躍的な増大をもたらし、この社会の変化に対応して空港の公共性についても、従来、ともすれば単に航空機による迅速な公共輸送の必要性という一面的な認識にすぎなかったものが、それのみにとどまらず、空港が都市発展の核等として重要な役割を果たし、経済・社会・文化等多方面において、空港周辺地域の振興と地域住民福祉の向上に寄与し、地域住民が現代生活を営む上において不可欠な役割を提供するものであるとの共通の認識が既に生じるに至っているのである。
かかる公共的役割を有する空港の機能が十分に活用され、その結果、地域社会が発展することにより、空港周辺住民もまた、経済・社会・文化等多方面において、有形無形の恩恵を受けることは誰も否定することができないであろう。
そして、本件空港は、地理的、気象的条件等から、これと同規模、同条件の空港を福岡市近郊に求め、その機能を代替させることは不可能な状況にあるが、福岡市においては、本件空港が市の都市機能を担う重要な施設であるとしてその存在を前提とした都市作りが行われており、福岡県においても、本件空港を活用した国際航空機能及び国内航空機能の拡充が、県民主体の国際交流を推進し西日本の核としての大都市圏を形成して、福岡県を西日本及び環シナ海地域を始めとする世界各地の人・物・情報の交流拠点とするものであるとし、本件空港を、二一世紀の潮流に適応した県民福祉の向上にとって必要不可欠な交通基盤設備であると位置づけている。さらに、本件空港は、我が国の全国総合開発計画及び空港整備計画において、多極分散型の国土を形成していく上で、また地域間の交流を促進し、人的国際交流を支えていく上で、重要な地方拠点交通施設として位置付けられているのである。
実際、本件空港は、九州経済圏の中心地に位置し、陸上交通とも有機的な連絡を持ち、今日に至るまで年々その利用者数は増加し、高度に複雑化した現代社会において、国内はもとより国外への重要な交通路線網の中枢として不可欠の重要な機能を果たしているばかりか、地域社会と密接に関連し、これに貢献する度合いの極めて高いものであり、地域社会の発展にも寄与し、かつ、被上告人らを含む広い意味での地域住民の日常生活の維持・存続、その生活水準の向上の面において、必要不可欠の役割を果たしているのである(上告人の原審における準備書面(三)五四ページ九行目から六五ページ八行目まで参照)。
したがって、本件空港は、極めて高度の公共性を有するものであり、他方、既に述べたように、被上告人らの訴える被害は、法令の許容する本件空港における航空機の運航活動により一般に予想される範囲内の騒音障害というべきものであることを併せ考慮するならば、本件空港の公共性にはより高い評価が付与されてしかるべきである。
しかるに、原判決は、以上のように航空機交通輸送の我が国社会において果たす役割が大阪空港最高裁判決当時(正確には、その原審口頭弁論終結当時)とは比較にならないほど飛躍的に増大し、それに伴い、空港の公共性も極めて高度なものとなっており、このような状況を背景に、本件空港の公共性も、大阪空港の当時のそれとは、地域住民の日常生活に果たす役割を含めて、比較にならないほど極めて高度なものとなっているにもかかわらず、このような相違を正当に評価することなく、本件空港の公共性について、大阪空港最高裁判決の個別性を有する事案に係る判示をほぼそのまま引用する形で認定判断しているものであって、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤り及び経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
四 受忍限度の基準値に関する認定判断について
1 WECPNLを用いて受忍限度の基準値を設定した認定判断の誤り
(一) 原判決は、「以上に基づき、本件における航空機騒音の受忍限度の基準値を定めることとするが、航空機騒音の評価法については、これまで種々のものが考案されているところ、騒音レベル、発生頻度、昼夜間における影響度の差異など複雑な要素を総合考慮して一日の総騒音量を数値で示すWECPNL方式が最も客観的であり、信頼できるものといえよう。現に同方式は、ICAO(国際民間航空機関)によつて国際騒音基準単位として採択されたものであり、我が国においても公害対策基本法に基づく航空機騒音の環境基準や、航空機騒音防止法に基づく区域指定の基準値算出法として用いられているのであつて、これらの事実からしても、同方式に基づいて右受忍限度の基準値を定めるのが最も有用且つ相当であると考えられる。」(原判決第一分冊六八ページ七行目から六九ページ七行目まで)と判示している。
しかしながら、原判決の右判示は、以下のとおり、一定の屋外騒音値があれば、空港供用が原則として直ちに違法となるとの独自の見解に立脚し、公共性、騒音対策等の諸種の考慮要素を全体的、総合的に判断することを怠り、右の諸種の考慮要素の利益衡量の方法を誤ったものである。
(二) 確かに、WECPNL方式は、航空機騒音の評価方法として客観的かつ信頼できるものであり、それゆえ上告人が実施している騒音対策の基準値としてもWECPNLを採用しているが、WECPNLが騒音対策の基準値として相当であることと本件空港供用の違法性判断における受忍限度の基準値としてWECPNLが相当であるかとは、全く別個の問題である。
これまで幾つかの空港周辺での社会調査において、地域の屋外の騒音量と住民のうるささや生活妨害に関する訴え率の関係についての調査が行われ、これらの調査により、地域の屋外における騒音量と住民のうるささや生活妨害に関する訴え率についてある程度の関係があることが統計的数値として示されている。しかし、地域の屋外の騒音量と住民のうるささや生活妨害に関する訴え率の関係は、調査が行われた空港により、また、同一の空港であってもその時期によりかなり異なるものであって、その相関は、十分に信頼性の高い確実なものではなく、おおよその傾向が看取できるという程度のものである。このことは、騒音のうるささが非常に主観的なものであるという騒音障害の性質と、満足すべき騒音の量的評価手法がいまだ得られていないことに起因するものである(<証拠略>)。したがって、一定の騒音量がある場合にどの位の割合の人々が一定のうるささや生活妨害を訴えるかは、大体の傾向として事実上推定することができないではないが、その推定は決して強いものではなく、ましてや、一定の騒音量が存在するならば当該地域に居住する全員に特定の被害が生ずるという関係を肯認することはできないのである。
しかし、現実に生起している騒音問題に対して、行政上これを防止軽減するための対策を実施する上では、その目的が、当該地域につきほとんどの人に苦情を生ぜしめることがないような騒音環境にするということにあるのであるから、騒音量と被害との間に厳格な相関関係を肯定し得なくても、その基準値として屋外における騒音量を用いることが妥当とされるのである。なぜならば、行政において、住民が生活するのに何らの支障がない住みやすい生活環境を保全する目的で、そのための対策を講ずるための基準値を設定しようとする場合には、個々の住民にどれだけ違法な権利侵害が加えられたかなどということまでは考慮する必要がなく、一定限度以上の騒音暴露があれば、その地域に居住する何割かの住民が騒音をうるさいと感じる可能性がある以上、住民がその生活環境においてどの程度の航空機騒音に暴露されているかという観点から基準値を設定すれば足りるからである。そして、右のような目的に供する上では、航空機騒音の特質を十分考慮して騒音量を評価する単位であるWECPNLが妥当とされ、昭和四四年、国際連合の下部機関であるICAO(国際民間航空機関)本部で開催された「空港周辺における航空機騒音特別会議」において、土地利用計画に利用するための騒音測定法としてWECPNLが採用され、我が国でも、航空機騒音の防止軽減対策を実施する上での行政上の指針値としてWECPNLが航空機騒音に係る環境基準に採用されたのである。すなわち、右の「空港周辺における航空機騒音特別会議」おいては、「議題一 航空機騒音の表現と測定法」及び「議題二 飛行場周辺における航空機騒音に対する人体の受忍限度」が議題とされたが、議題一の中で土地利用計画のための騒音測定法について討議がされ、そこで国際騒音基準単位として採用されたのがWECPNLであり、議題二についての討議では、現在までに各国で調査研究された結果によれば、飛行場周辺で航空機騒音を最大に受けることにより、一般的な意味での肉体的、精神的に深刻な影響を受けるということを示す明確な証拠はないとの結論に達し、空港周辺で許容される騒音の限度を検討するには、社会的、経済的、政治的要因を総合し、国民全体の利益を考慮して判断できる要素を含めなければならないことが了承されたのである(上告人の原審における準備書面(三)七六ページ一一行目以下参照)。このように、WECPNLは、航空機騒音による障害を防止軽減する対策を実施する上での基準値を設定するという目的で考案採用された航空機騒音の評価単位にすぎず、WECPNLの値が増加すればそれに伴って住民のうるささや生活妨害に関する訴え率が増加するという関係は認められるものの、それ以上に、一定のWECPNLの地域では住民のすべてに特定の被害が生ずるといった関係やWECPNLの増減と発生した被害の程度の増減との間に厳格な意味での関数関係を肯認することはできないのである。
このことは、住民全員に共通する被害を想定した場合も同様であり、屋外におけるWECPNLから被上告人らに共通する被害の発生の有無を判断できないこと、及び原判決もWECPNLと共通の被害との関係を具体的に明らかにしていないことは、既に前記第一点で詳細に指摘したとおりである。
したがって、原判決が、WECPNL方式がICAOにより国際騒音基準単位として採用されたこと並びに我が国の航空機騒音に係る環境基準値及び騒音対策の基準値として採用されていることを根拠として、ICAOがWECPNLを国際騒音基準単位として採用した趣旨、目的及び我が国において環境基準値や騒音対策の基準値としてWECPNLを採用した趣旨、目的を十分検討することなく、「同方式に基づいて右受忍限度の基準値を定めるのが最も有用且つ相当である」としたのは、明らかに失当である。
(三) 以上、要するに、騒音問題を防止するための現実的な対応として、ほとんどの住民に苦情を生ぜしめない理想的な基準を設定するためにWECPNLを用いることは相当であるが、WECPNLも、当該地域における航空機騒音の暴露量の数値を示したにすぎず、被上告人らが現実に被っているとする被害の内容、程度に即応したものではないのであるから、空港周辺住民の騒音障害の一般的傾向を知るためにWECPNLを一つの手掛かりとして使用することは許されるとしても、原判決のように、航空機騒音の影響の有無、内容、程度に関係する複雑な諸条件を考慮することなく一定のWECPNL値だけで被上告人らの被害が受忍限度内のものか否かを一律に判定することは誤りであって、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤りがあり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2 環境基準の基準値を違法性判断の判断要素として受忍限度の基準値を設定した認定判断の誤り
原判決は、WECPNL方式に基づいて本件における受忍限度の基準値を検討するに当たって、「先ず、『航空機騒音に係る環境基準』が類型Iの地域(専ら住民のように供される地域)においてはW値七〇以下、類型IIの地域(I以下の地域であつて通常の生活を保全する必要がある地域。被控訴人及び承継前の被控訴人は全てこの地域に居住していた。)においてはW値七五以下と定めていることが充分に考慮されなければならない。確かに、右基準は「人の健康を保護し、及び環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」(公害対策基本法九条一項)であつて、国が航空機騒音に対する総合的施策を進める上での行政上の達成目標であるというべきであるから、右のW値を超える騒音が直ちに違法性を保有すると解することはできない。つまり、右基準値をもつてそのまま受忍限度の基準値とすることは適当ではないというべきであるが、右の基準値は国自らが慎重な考慮に基づいて騒音対策を必要とする基準として定めた値であるから、受忍限度の決定に対しても重要な意味を持つものというべきである。しかも、右基準については、達成期間が定められており、本件空港においては、一〇年を超える期間内に可及的速やかに達成されるべきものとされ、中間改善目標として五年以内にW値八五未満とし、W値八五以上となる地域においては屋内でW値六五以下とすること、また一〇年以内にW値七五未満とし、W値七五以上となる地域においては屋内でW値六〇以下とすることと定められているが、右環境基準が設定されてから今日まで一八年間が経過し、中間改善目標期間はもちろんのこと、達成期間も到来したといつて差し支えないことを看過する訳にはいかない。以上の考察から明らかなように、受忍限度の基準値は右環境基準の基準値を上廻ることは止むを得ないとしても、これを大幅に超えることは許されないものと考える。」(原判決第一分冊七〇ページ七行目から七二ページ末行まで)と判示している。
しかしながら、右判断は、行政上の努力目標値である環境基準の基準値をもって、直ちに違法性判断の判断要素とし、行政上の努力目標値を訴訟の場において性急に実現しようとしたものであって、公害対策基本法及びこれに基づく環境基準の趣旨の解釈を誤り、ひいては多数の諸要素を厳密に比較検討して全体的、総合的に行うべき違法性についての判断を誤ったものである。
(一) 我が国の公害問題に対する取組みの中で、環境基準の概念が本格的に登場したのは、厚生大臣の諮問機関として設置された公害審議会が昭和四一年八月四日に厚生大臣に提出した中間報告及び同年一〇月七日に厚生大臣に提出した「公害に関する基本的施策について」と題する答申の中においてである。
右答申の中で、公害審議会は、公害対策の進め方として、今後の公害対策は地域全体について一定の目標を明らかにした上、総合的、計画的に行われなければならず、環境基準に、その目標として重要な役割を担わせること、従来の公害対策が事後規制的に進められていたことに対し、今後は土地利用その他に着目した予防的施策を基調とすべきこと、既存の公害についての対策と今後発生することが予想される公害の防止策とを区別して考え、予防対策は厳格に実施するとともに、既存の公害の防除については話合いを尊重して段階的な措置を採ること、当面の急ぐべき施策と長期的目標を踏まえて策定されるべき施策を正しく認識することなどの原則的態度を明らかにした上、「国民の健康や生活環境を守るために各種の公害対策の目標となるべき環境基準を設定する」ことの必要性を指摘したが、環境基準の性格につき、「環境基準は、行政の目標となる基準であって規制基準ではない。」との考え方を示した(<証拠略>)。右答申を受けた厚生省は、「政府は、別に法律で定めるところにより、大気の汚染、水質の汚濁及び騒音についてそれぞれ、人の健康を保持し、及び生活環境を保全するために維持されるべき環境上の条件に関する基準(以下「環境基準」という。)を定めなければならない。」という内容を含む同省公害対策基本法(仮称)試案を公害対策推進連絡会議に提出したが、同会議において環境基準の性格づけと役割について論議がされた結果、環境基準が公害対策において個別的な規制力をもつ直接的な基準となるものではなく、行政施策を実施するに当たっての到達目標であることを明らかにする趣旨から、厚生省試案の「維持されるべき環境上の条件に関する基準」という文言が「維持されることが望ましい環境上の条件に関する基準」と改められるなどした公害対策推進会議試案が作成され、これを基に作成された政府の公害対策基本法案が、昭和四二年五月一七日国会に提出され、国会の審議過程で修正を受けた上で両院の可決をみ、公害対策基本法は昭和四二年八月三日法律第一三二号として公布され、即日施行された(<証拠略>)。
以下の経過の下に制定された公害対策基本法九条は、その一項において、「政府は、大気の汚染、水質の汚染、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」とし、四項において、「政府は、公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより、第一項の基準が確保されるように努めなければならない。」とし、同条に基づいて、大気汚染、水質汚濁、工場、建設工事及び自動車等のもたらす一般騒音、さらには新幹線及び航空機による特殊騒音についてそれぞれ環境基準が設定されたのである。
このことは、「航空機騒音に関する環境基準」については、一層明白である。すなわち、右環境基準の制定経過をみると、環境庁長官の諮問を受けた中央公害対策審議会騒音震動部会特殊騒音専門委員会は、昭和四八年四月一二日、「航空機騒音に係る環境基準について(報告)」(<証拠略>)を提出したが、これによれば、「航空機騒音に係る諸対策を総合的に推進するにあたつての目標となるべき環境基準の設定に際し、その基礎となる指針(指針値、測定方法等)について検討した」ことが明記されており、指針設定の基本として、「航空機騒音に係る環境基準の指針設定にあたつては、聴力損失など人の健康に係る障害をもたらさないことはもとより、日常生活において睡眠妨害、会話妨害、不快感などをきたさないことを基本とすべきである。」とされ、右報告書に添付の資料「航空機騒音に係る環境基準の設定の基礎となる指針の根拠などについて」において、航空機騒音が住民に及ぼす影響について各国の各種の調査資料を挙げた上、「これらの資料から判断すると、NNIでおおむね三〇~四〇以下であれば航空機騒音による日常生活の妨害、住民の苦情などがほとんどあらわれない。また、各国における建築制限等、土地利用が制約される基準はこの値を相当うわまわっている。したがって、環境基準の指針値としては、その中間値NNI三五以下であることが望ましい。しかし他方、航空機騒音については、その影響が広範囲に及ぶこと、技術的に騒音を低減することが困難であることその他輸送の国際性、安全性等の事情があるので、これらの点を総合的に勘案し、航空機騒音の環境基準としてはWECPNL七〇以下とすることが適当であると判断される。WECPNL七〇は、機数二〇〇機の場合、ほぼNNI四〇に相当し、二五機の場合NNI三五に相当する。(中略)一方、一般の騒音に係る環境基準においても、地域類型別に基準値が定められていることから、航空機騒音に係る環境基準についても地域差を設けることが適当であると考えられる。この場合、商工業地域の航空機騒音に係る環境基準の指針値は、一般騒音について中央値六五dB(A)を上限値としていることから、訴え率からみて、これに相当するWECPNL七五を採用したものである。」としているのである。中央公害対策審議会は、右委員会報告に基づいて、環境庁長官に対し、「航空機騒音に係る環境基準の設定について」と題する答申(<証拠略>)を行い、これが「航空機騒音に係る環境基準」として告示されるに至ったのである。
以上のとおり、「航空機騒音に係る環境基準」は、公害対策基本法九条一項に基づき、工場騒音等の一般騒音の環境基準とは別に、特に航空機騒音にかかわる環境上の条件について、同条のいう「人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい」基準として定められたものである。そもそも環境基準は、個別の汚染発生源ごとの排出濃度による在来の規制によっては、汚染総量の増大に対処し得ないという事態に対処し、人の健康や生活環境を保護するという見地から、蓄積する汚染を対象として施策を打ち出す基準を設定することを目的とするものであり、本来、航空機騒音のように一過性であり蓄積しないものについては、事柄の性質上、公害対策基本法九条の規定による環境基準になじみ難いものであるが、航空機騒音についても周辺住民の日常生活についてある程度の悪影響を及ぼす場合があり得るので、人の生活環境を保護するという、いわば、理想的な生活環境を造出するために行政上の努力目標として環境基準が設定されたのである。そして、その設定に当たっては、各種の調査結果からほとんどの人が苦情をいわないという望ましい環境基準値を設定し、これが現実に達成可能か否かは別として、これを達成することを目標として対策を講じていこうとしたのである。要するに、右環境基準が想定している騒音障害は、瞬間的な騒音暴露に対して人が感じる不快感程度のものまでも含めた実に幅広いものであって、人の理想的な生活環境を造出するための行政上の努力目標としての意味合いが一層強い環境基準なのである。すなわち、「航空機騒音に係る環境基準」は、政府が公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講じる上での行政上の目標としての指針であるといった意味で、その存在意義を有するものにすぎず、それ以上に、その数値が示す程度であれば堪え忍ぶべき騒音であるという基準値でも、人間の健康等を維持するための最低限度として設定された基準値でもないのである。
このように、環境基準は、騒音による好ましくない影響を防止するという見地に立って純粋に望ましい環境の保全という観点から定められたものであるから、騒音の態様、程度、被害状況、騒音発生源の公益性、公共性、騒音対策の努力等諸種の事情を総合的に考慮して判断すべき違法性判断に当たって、環境基準値をそのまま受忍限度値とすることができないことはいうまでもなく、受忍限度判断の基準要素とすることも相当でないのである。
(二) この点に関して、原判決は、前記のとおり「航空機騒音に係る環境基準値」については、「達成期間が定められており、本件空港においては、一〇年を超える期間内に可及的速やかに達成されるべきものとされ、中間改善目標として五年以内にW値八五未満とし、W値八五以上となる地域においては屋内でW値六五以下とすること、また一〇年以内にW値七五未満とし、W値七五以上となる地域においては屋内でW値六〇以下とすることと定められているが、右環境基準が設定されてから今日まで一八年間が経過し、中間改善目標期間はもちろんのこと、達成期間も到来したといつて差し支えないことを看過する訳にはいかない。」とし、あたかも達成期間が到来したのと同視できることから、環境基準が受忍限度を定めるについて考慮されるべき度合いが強くなったものとするかのようである。しかし、このような判断は、環境基準の達成期間の意義についてその理解を根本的に誤るものであり、正当でない。
本件空港について環境基準の達成期間が「一〇年をこえる期間内に可及的速やかに」と規定されたのは、本件空港における環境基準の達成が極めて困難であることが認識された上で、達成期間が一〇年を超えることが前提とされ、その超えてよい限度についても極めて不確定であって、要するに「一〇年をこえてできるだけ早い期間内に」ということでしか枠付けができなかったからにほかならない(<証拠略>)。このように、本件空港についての環境基準の達成期間を、確定期限をもって定めることができなかったのは、もともと本件空港における環境基準の達成が極めて困難であることを認識した上で、本件空港については努力目標的性格の特に強いものとして環境基準が定められたことを意味するのである。また、航空機騒音に係る環境基準は、「達成期間等」として、「環境基準は、公共用飛行場等の周辺地域においては、飛行場の区分ごとに次表の達成期間の欄に掲げる期間で達成され、又は維持されるものとする。この場合において、達成期間が五年をこえる地域においては、中間的に同表の改善目標の欄に掲げる目標を達成しつつ、段階的に環境基準が達成されるようにするものとする。」(<証拠略>)とされ、「本件空港においては、一〇年を超える期間内に可及的速やかに達成されるべきものとされ、中間改善目標として五年以内にW値八五未満とし、W値八五以上となる地域においては屋内でW値六五以下とすること、また一〇年以内にW値七五未満とし、W値七五以上となる地域においては屋内でW値六〇以下とすることと定められている」(原判決第一分冊七一ページ末行から七二ページ六行目まで)のであり、このことも、本件空港における環境基準の達成が極めて困難であることを認識した上で、中間改善目標期間内における漸増的改善を努力目標として期待していることを示すものである。
さらに、「航空機騒音に係る環境基準」は、「備考」として、「航空機騒音の防止のための施策を総合的に講じても、一の達成期間で環境基準を達成することが困難と考えられる地域においては、当該地域に引き続き居住を希望するものに対し家屋の防音工事等を行うことにより環境基準が達成された場合と同等の屋内環境が保持されるとともに、極力環境基準の速やかな達成を期するものとする。」(<証拠略>)とし、環境基準が達成され得ない場合を想定して、次善の策として環境基準が達成された場合と同様の屋内環境基準の保持について定めているのである。
したがって、原判決のように「環境基準が設定されてから今日まで一八年間が経過し」たことをもって、「達成期間も到来したといつて差し支えない」とすることは、達成期間の意義を正しく理解しないものというべきである。
(三) ところで、本件空港における環境基準の達成が当初より極めて困難と考えられていたとはいえ、上告人は、これまで環境基準達成のために最大限の努力を尽くしてきたものであり、また、その成果も顕著で、積極的に高く評価されるべきものである。すなわち、上告人の行政上の努力によって本件空港における低騒音航空機の導入及び運航方法の改善が強力に推進された結果、原判決が、「本件空港周辺地域における騒音コンターは、……昭和四八年コンターと比較して昭和五八年コンターはかなり縮小しており、更に、……昭和六一年コンターは昭和五八年コンターに比してより縮小している。そして、昭和四八年当時と比較すると、昭和六一年においてはW値で約四ないし七低下しており、昭和四八年のW値八五のコンターは昭和六一年にはおおむねW値八〇のコンターまで低下している。また、右各年コンターの同一W値面積は逐年縮小されており、昭和四八年、同五八年、平成三年各コンターのW値面積対比は……昭和四八年コンターの面積を一〇〇とすれば、W値七五で昭和五八年五七、平成元年四三、W値八〇で昭和五八年六二、平成元年四四、W値八五で昭和五八年五八、平成元年四〇であり、平成元年コンターでは昭和四八年コンターの半分以下の面積となつている。」(原判決第一分冊四三ページ一二行目から四五ページ三行目まで)と認定するとおり、本件空港周辺においては、騒音量が顕著に低下し、環境基準が設定された昭和四八年から同五八年までの間に、中間改善目標値とされたWECPNL七五以上の区域はおおむね半減し、その後も減少していることが認められているのである。このように、上告人が実施した積極的かつ強力な音源対策により本件空港全域において顕著な騒音低下が認められ、その結果、かつて環境基準を超えていた本件空港周辺地域の広範な地域において環境基準が実現されるに至っているのである。
加えて、上告人が実施している住宅防音工事の助成により、住宅防音工事は、「平成元年の時点では、原告ら周辺住民のほぼ全世帯についてこれが完了され」(原判決引用の第一審判決B一一三表末行から同裏一行目まで、原判決第一分冊五九ページ四行目)、その「防音工事全体の減音効果」は「遮音効果としては充分な成果を挙げている」(原判決第一分冊五八ページ一一行目から五九ページ二行目まで)のであって、その結果、例えば原審で検証が実施された岡澤宅、内山宅及び吉瀬宅の防音工事施工室内における窓を閉めた状態でのWECPNLは、いずれも「航空機騒音に係る環境基準」において環境基準が達成されたのと同等の屋内環境であると評価されているWECPNL六〇をはるかに下回るWECPNL四〇台であることが認められる(原判決第一分冊五七ページ六行目から五八ページ六行目まで)など、本件空港周辺地域の全域において、住宅防音工事助成の実施によって、環境基準が期待する「環境基準が達成された場合とほぼ同様の屋内環境」の「保持」が実現されているのである。
したがって、本件空港供用の違法性判断に当たり、環境基準を考慮するとすれば、本件空港周辺においてそれがどの程度にどのような内容で実現されたかを具体的に充分考察する必要があるのであり、原判決が、このような考察をすることなく、「環境基準が設定されてから今日まで一八年間が経過し、中間改善目標期間はもちろんのこと、達成期間も到来したといつて差し支えないことを看過する訳にはいかない。」と即断して、環境基準の数値のみを受忍限度の判断要素としたのは、失当というほかない。殊に、原判決の認定に係る被害は、「会話、電話の聴取及びテレビ・ラジオの視聴等に対する妨害、思考・読書・家庭における学習等知的作業に対する妨害、睡眠妨害並びに精神的苦痛」(原判決引用の第一審判決B八八表一一行目から一四行目まで)であり、いずれも居室内で通常営まれる生活活動に対する妨害であるから、住宅防音工事助成の実施によって、本件空港周辺地域の全域において環境基準が期待する「環境基準が達成された場合とほぼ同様の屋内環境」の「保持」が実現している事実は、本件受忍限度判断に当たり軽視し得ないものである。それにもかかわらず、この事実を考慮することなく、専ら屋外におけるWECPNL八〇を受忍限度の基準値とした原判決の認定判断は、「受忍限度の基準値は右環境基準の基準値を上廻ることは止むを得ない」としながら、結論的には、認定した被害との関係では、環境基準が期待する「環境基準が達成された場合とほぼ同様の屋内環境」すら下回る騒音量を受忍限度の基準値としたものであって、右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤り及び経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
3 周辺対策の実施基準を違法性判断の判断要素として受忍限度の基準値を設定した認定判断の誤り
原判決は、「航空機騒音防止法も、防音工事助成措置の必要な第一種区域を本件飛行場周辺において指定しているが、その基準となるW値は、当初八五であつたが、その後八〇に改正され、更に七五に改正されている。右の指定は、控訴人自らが「航空機の騒音による障害が著しいと認め」(同法八条の二)た結果、防音工事等諸種の騒音対策の現実の実施のためになしたものであるから、このことも充分考慮されるべきである。」(原判決第一分冊七三ページ一行目から九行まで)と判示している。
しかしながら、原判決の右認定判断は、国が周辺対策を実施するのは、あたかも違法な権利侵害があることを前提としているものであるかのような誤った見解に立脚した上、周辺対策の実施基準を違法性判断の判断要素としたものであって、航空機騒音防止法の趣旨の解釈適用を誤り、ひいては多数の諸要素を厳密に比較検討して全体的、総合的に行うべき違法性の判断を誤ったものというべきである。
(一) 航空機騒音防止法は、「公共用飛行場の周辺における航空機の騒音により生ずる障害の防止、航空機の離着陸のひん繁な実施により生ずる損失の補償その他必要な措置について定めることにより、関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与すること」(同法一条)を目的として制定されたものであり、その目的達成のための諸施策を規定している。そして、同法八条の二所定の住宅防音工事の助成措置も、特定飛行場の周辺区域の住民に対する航空機騒音による障害を防止し又は軽減するため、指定区域内に現に所在する住宅について防音工事の助成を実施するものであり、航空機騒音の防止のための施策を総合的に講じても達成期間内に環境基準を達成することが困難と考えられる地域について、「環境基準が達成された場合とほぼ同様の屋内環境が保持されるようにする」ためにする措置であるが、他面、この措置は、公共用飛行場周辺の関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的とする政策的補償措置という性質も有しているものである。そこで、その実施も、国会が国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分を決定する予算の下で、その必要性を比較しつつその優先度の高いものから実施していかざるを得ず、また、その対象区域の範囲も一義的なものではなく、環境基準を指針として、できる限りこれに沿うように漸次その範囲が拡大されてきたものである。
航空機騒音防止法八条の二が規定する「航空機の騒音により生ずる障害が著しい」ということの意味内容についても、必ずしも一義的に定義し得るものではないが、基本的には環境基準が達成されない状況において存在し得るところの航空機騒音による日常生活の妨害を指すものであり、右の「障害が著しい」とは、航空機騒音により生じ得る日常生活上の差し障り等の好ましくない影響一般が、住宅防音工事による防止を必要とする程度のものであることをいうのである。したがって、前記2で詳述した環境基準の性格と同じく、これが直ちに違法性判断における受忍限度を意味するものでないことはいうまでもない。
のみならず、仮に、右の障害を受忍限度を超える被害があることを示す一つの指標として考慮するとしても、右の障害は住宅防音工事が施工されることにより防止又は軽減されていることが看過されてはならない。すなわち、住宅防音工事助成措置が実施される第一種区域においては、住宅防音工事が実施されることにより、住民が社会生活を営む上で大部分の時間を過ごす屋内においては、環境基準が目標とする望ましい快適な生活環境が確保されている状態になっているのである。したがって、住宅防音工事が施工された後の段階においては、もはや航空機騒音防止法八条の二所定の「航空機の騒音により生ずる障害が著しい」状態は存在しないこととなっているのであり、そうであるからこそ第二種区域内を除く第一種区域内においては、それ以上の移転補償措置は講じられないこととされているのである。
(二) このように、航空機騒音防止法においては、第一種区域内においては住宅防音工事が施工されることにより航空機騒音による障害が居住に適する程度に十分防止軽減されることが予定されているのであり、住宅防音工事が施工されたにもかかわらず、なおかつ当該地域の現状が「航空機の騒音により生ずる障害が著しい」とされる余地は存しないのである。そして、上告人が周辺対策事業を推進してきた結果、前述したとおり、本件空港周辺では住宅防音工事の施工がほぼ完了しており、その結果、環境基準が期待する、「環境基準が達成された場合とほぼ同様の屋内環境」の「保持」が実現しているのであるから、もはや第一種区域内において「航空機の騒音により生ずる障害が著しい」との状況は存在しないものというべきである。
しかるに、原判決は、前記のとおり、本件空港供用の違法性判断に当たって、上告人が実施してきた周辺対策の基準値を受忍限度の判断要素としているが、これは、あたかも国が周辺対策を行うのは違法な権利侵害があることを前提としているものであるかのような誤った見解に立つものであって、原判決の右認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性に関する法令の解釈・適用の誤り及び経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
五 まとめ
既に指摘したとおり、原判決が認定した被上告人らの被害は航空機騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のごときものであって直接生命、身体にかかわるものではないのに対し、本件空港の公共性には極めて高度なものがあり、また、上告人は、本件空港に係る航空機騒音の影響を防止、軽減するために多大の努力を払い、顕著な効果を挙げてきたものであるから、被上告人らの右被害は社会生活上受忍すべきものというべきである。
しかるに、原判決は、本件空港供用の違法性を判断するに当たり、諸要素の総合考慮の名の下に、実質的には、本件空港の公共性及び上告人の採ってきた航空機騒音対策を不当に軽視する一方、極めて漠然とした被害を認定しただけで、環境基準をやや上回る程度の屋外における航空機騒音の存在のみを基準として、本件空港に係る航空機騒音による被上告人らの被害が社会生活上受忍すべき限度を超えているとしたのである。このような原判決の認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、違法性の判断、ひいては国賠法二条一項の解釈・適用を誤った違法があり、その判断過程には、経験則違背の違法があり、かつ、これらの違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
原判決が、本件空港の公共性及び上告人の採ってきた騒音対策に対し抽象的な言葉の上では一定の評価を与えながら、実際にはほとんどこれを顧慮しなかったことは、環境基準を超える騒音が直ちに違法性を帯びるものではないとしながら、結論的には、環境基準であるWECPNL七五をわずかに超えるWECPNL八〇を受忍限度の基準としたことからも明らかである。けだし、WECPNLを受忍限度の判断基準とすることの基本的問題点は前述のとおりであるが、これはひとまずおくとしても、環境基準を超えても直ちに受忍限度を超えているとはいえないとする見解を採った上で、更に前記のような公共性及び騒音対策を真に考慮したとすれば、受忍限度と環境基準との差異が右の程度にとどまるとは到底考えられないからである。
ちなみに、大阪空港最高裁判決によって是認された控訴審判決も、受忍限度を単にWECPNLのみで判断したものではないが、同最高裁判決が控訴審判決の判断を是認するに当たり、「被上告人らのうち一部地区の居住者については、殊にB滑走路の供用開始前における騒音暴露の程度はそれ程大きなものではなく、これを本件空港の供用について認められる公益性と対比した場合、一般的にいえば受忍すべき限度を超えた違法な侵害とみるべきかどうかにつき問題なしとしない者がないではない。」(民集三五巻一〇号一三九二ページ)と言及していることに留意する必要がある。本件空港と比較すると航空機騒音の影響がはるかに大きく、当時騒音対策がほとんど進んでいなかった大阪空港の事案においてさえ右のような判断が示されていることは、騒音対策が格段に進み、公共性が一層高まっている本件空港に係る航空機騒音に関する受忍限度を判断するに当たって、十分考慮されなければならない。
第三点 危険への接近の法理の適用の誤り
被上告人(承継人については被承継人。以下同じ。)らの本訴提起時における住所への居住開始時期は、別表1「被上告人らの提訴時住所への居住開始時期(第一次訴訟第一審原告)」、別表2「被上告人らの提訴時住所への居住開始時期(第二次訴訟第一審原告)」のとおりであり、上告人は、危険への接近の法理の適用により、本件空港が行政協定に基づいてアメリカ合衆国に提供された昭和二七年四月以前に居住を開始していた第一次訴訟第一審原告三六名(第一審原告番号一五〇、一五一、一五三、一五四、一五五、一六一、一六三、一六四、一七三、一七四、一七九、一八〇、一八一、一八二、一八七、一九六、一九七、一九八、一九九、二〇〇、二二七、二二八、二三七、二三九、二四四、二五三、二六二、二六八、二七五、二八七、二八八、二八九、二九五、三〇〇、三〇一、三一四)及び第二次訴訟第一審原告九名(同一七、一八、二三、二四、七七、八二、八三、九五、九六)の合計四五名を除く被上告人らにおいては被害を受忍すべきである旨の主張をしたが、原判決はこれを排斥した。
しかし、右四五名を除く被上告人らの関係で、危険への接近の法理の適用を否定した原判決の判断過程には理由不備又は理由齟齬があるほか、その事実認定には経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
なお、原判決は、右法理の判断については、第一審判決の「昭和五二年一月一日以降本件空港周辺地域のうち受忍限度を超える被害を受ける前記地域に転入した者」という部分に「(W値七五以上八〇未満の区域からW値八〇以上の区域に転入した者及びW値八〇以上の各種区域相互間を転住した者を含む。)」という文言を付加した以外は、第一審判決の理由を全面的に引用しているので、以下においては、右引用に係る第一審判決の問題点を指摘することとする。
一 騒音の変動を理由に被害の容認を否定したことについての理由不備、理由齟齬、経験則違背
1 危険への接近の法理とは、危険に接近した者が、危険の存在を認識しながらあえてそれによる被害を容認していたような場合には、事情のいかんにより加害者が免責されるというものであり、判例上も大阪空港最高裁判決で是認されたものである。同判決によれば、航空機騒音の存在についての認識を有しながらそれによる被害を容認して空港周辺に居住した者は、その被害が騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので直接生命、身体にかかわるものでなく、他方で当該空港に公共性が認められる場合には、特段の事情がない限り、その被害を受忍すべきものとされているのである(民集三五巻一〇号一三九九ページ)。
そして、上告人は、本件空港の沿革、使用状況と共に、各被上告人の本件空港周辺への居住開始時期を具体的に主張し、本件空港が開設された昭和二〇年以降、少なくとも、本件空港が行政協定に基づきアメリカ合衆国に提供された昭和二七年四月以降に居住を開始した被上告人においては、危険への接近の法理により航空機騒音による被害は受忍すべきであると主張した(第一審における上告人の最終準備書面(第一分冊)七六五ページ以下)。
2 これに対し、第一審判決は、「本件空港は、昭和二〇年五月に旧日本陸軍により開設され、その後、同年一一月に米軍の維持・管理する軍用飛行場として、更に同四七年四月からは民間空港として発展してきたものであるが、その間本件空港から発せられる騒音の度合については、前記のとおり変動があり、昭和四〇年代の初め頃には一時減弱した時期があったと認められるから、原告らが遅くとも昭和二七年四月以降本件空港周辺地域に居住を開始したことの一事をもつて、一般的に右騒音による被害を容認していたものと認めることはできない。」(B一二四裏一二行目からB一二五表六行目まで)と判示し、単に、騒音の度合いについて変動があり、これが一時減弱したことを理由に被害の容認を否定した。
しかしながら、第一審判決は、その理由の第三、一、4の「時期別飛行状況と飛行騒音」において、「昭和二五年に勃発し、同二八年に休戦協定が成立した朝鮮動乱当時における航空機騒音は、誠にすさまじいものであり、その後もジェット戦闘機の配置、増強が相次ぎ、これに伴つて激甚な騒音を発生させていた」(B二六裏三行目から六行目まで)、「米軍機による騒音は、昭和四三年八月頃にはいまだ相当激しいものがあつたが、同四四年五月には殆どなくなるに至り、これに替つて、民間航空機による騒音は、昭和三〇年代後半にジェット機が就航して以来、次第に激しさを増し、昭和四三年八月頃には米軍機と変わらないほどの騒音を発生されており、その後もこれが激化し、昭和四六年頃には、その騒音は誠にすさまじいものとなった」(B二八裏五行目から一一行目まで)、「昭和四七年頃、本件空港周辺は、前記に引き続き誠に激しい航空機騒音に暴露されており、その後離発着回数の増加もあり、右騒音は、なおその激しさを増し、昭和五三、四年頃にこれが頂点に達した」(B三七表一二行目から裏一行目まで)と認定しているのであって、このような事実認定を前提とする以上、航空機騒音が減弱したとする昭和四〇年代始めころに入居した者についてはともかく、右時期以前の騒音の激しい時期に入居した者についてその後の一時期に騒音が減弱したことを理由に被害の容認を否定したり、ましてや右時期以後再び騒音が激しくなった時期に入居したものについて被害の容認を否定することは到底できない筋合いである。しかるに、前記のとおり、第一審判決は、騒音が変動しているという理由のみをもって被害の容認を否定したのであって、右のような認定判断には、理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法があり、かつ、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
なお、航空機騒音の激しい時期に入居したことが直ちに騒音による被害の容認を意味するものではないが、騒音等の客観的状況から騒音の存在についての認識が推定されること、さらに騒音の存在の認識から被害の容認が推定されることについては後に述べるとおりである。
二 被害の容認を推定しなかったことについての理由不備、理由齟齬、経験則違背
1 第一審判決は、前記のとおり、「原告らが遅くとも昭和二七年四月以降本件空港周辺地域に居住を開始したことの一事をもって、一般的に右騒音による被害を容認していたものと認めることはできない。」(B一二五表四行目から六行目まで)と判示している。もちろん、航空機騒音の激しい時期に入居したことが直ちに騒音による被害の容認を意味するものではないが、他方、被害の容認の事実は、必ずしも直接立証されなければならないものではなく、他の事実からの推定が可能であることはいうまでもない。そして、空港周辺の住居に入居した者が、一定程度の航空機騒音の存在を認識しながら相当期間にわたる間の住居としてあえてその住居を選択したというのであれば、自己が見聞した程度ないしこれと格段の相違のない程度の騒音の悪影響ないし被害はこれをやむを得ないものと容認して入居したものと経験則上推定できることは、大阪空港最高裁判決の示すところである(民集三五巻一〇号一三九八ページないし一三九九ページ)。さらに、航空機騒音の存在の認識については、空港周辺地域に入居した時期に相当な騒音が客観的に存在し、騒音問題が新聞紙上等で報道されていたこと等の事実がある場合には、特段の事情がない限り、経験則上、その者は航空機騒音の存在を認識して入居したと推認できるのであり、大阪空港最高裁判決も、「原審の認定した前記(一)ないし(六)の事実(引用者注・航空機騒音の状況及び入居の事情)に加えて、(中略)前記昭和四四年一二月の本件第一次訴訟提起よりも更に二年をさかのぼる昭和四二年ごろから本件空港周辺における騒音問題が頻々として主要日刊紙上に報道されていた事実をもあわせ考えれば、他に特段の事情が認められない限り、被上告人近藤が昭和四五年六月上記服部寿町地区に転住するにあたつて航空機騒音が問題とされている事情ないしは航空機騒音の存在の事実をよく知らずに入居したということは、経験則上信じ難いところである。」(民集三五巻一〇号一三九八ページ)と判示しているところである。
以上要するに、空港周辺地域に入居した者について、入居時における航空機騒音の客観的存在と騒音問題に関する一般の報道の事実が認められる場合には、経験則上、航空機騒音の存在の認識が推定され、さらに、右認識から航空機騒音による被害の容認が推定されるのである。
2 そこで、本件空港における航空機騒音の状況等についての第一審判決の事実認定をみると、同判決は、
(1) 「昭和二五年六月に勃発した朝鮮動乱当時における本件空港周辺の航空機騒音は誠にすさまじいものがあり、同二八年の休戦後も米軍ジェット機の相次ぐ配置、増強により、激甚な騒音被害が発生していた。そのため、昭和二六年一〇月八日福岡市議会は、『福岡市立月隈小学校移転工事費に対する国庫補助措置についての決議』をして被告に対し、被害防止対策の要求をし、同二七年一二月三日には板付基地の撤退決議をし、また昭和三〇年六月二五日に福岡市長、同市議会議長、同市商工会議所会頭らが中心となって『板付基地移転促進協議会』(会長は歴代市議会議長)が結成され、同協議会により米軍基地移転要請の署名運動、市民大会開催、政府等に対する陳情等の活動が展開されるなど、本件空港周辺における騒音問題は一種の社会問題化していた。」
(2) 「民間航空機は、同三〇年代後半にジェット機が就航して以来、発着回数の着実な増加もあって、その騒音は激化し、同四六年頃には深刻な騒音公害をもたらしていた。なお、本訴原告団の母体である『福岡空港騒音公害に反対する会』が結成されたのは、昭和四九年八月一五日であり、同年頃より本件空港周辺地域の騒音問題が主要な日刊新聞紙上に掲載されるようになり、同五一年三月三〇日に至り本件第一次訴訟の提起がなされた。」との事実を認定している(B一二八表三行目から裏一一行目まで)。
右の認定事実を前提とすると、本件空港周辺においては、遅くとも昭和二七年には相当な航空機騒音が存在したのみならず、これが社会問題化していたものとみられるのであるから、このような時期以降に本件空港周辺地域に入居した者については、経験則上、特段の事情がない限り、航空機騒音の存在を認識して入居したものと推定され、更に航空機騒音による被害を容認していたものと推定される、というべきである。
しかるに、第一審判決は、右のような経験則を考慮せず、単に「騒音の度合いについては、前記のとおり変動があり、昭和四〇年代の初め頃には一時減弱した時期があつたと認められるから、原告らが遅くとも昭和二七年四月以降本件空港周辺地域に居住を開始したことの一事をもつて、一般的に右騒音による被害を容認していたものと認めることはできない。」として、上告人の主張を排斥したのであり、そこに理由の不備又は齟齬及び経験則違背の違法があることは明らかである。
3 他方、第一審判決は、「原告らが激甚な航空機騒音の被害を容認しないとしても、その存在について認識を有しながら、又は過失によりこれを認識しないで居住を開始したものである場合においては、危険への接近の法理を適用すべきであると考えられるが、具体的には、損害賠償額の算定に当り衡平の原則上過失相殺に準じ、これを減額事由として考慮するのが相当である。」(B一二五表七行目から一二行目まで)と判示した上、前記のような事実認定を前提として、「右事実からすれば、少なくとも昭和五二年一月一日以降本件空港周辺地域のうち受忍限度を超える被害を受ける前記地域に転入した者は、特別の事情の認められない限り、前記のような騒音公害発生の事実を認識していたか、又は認識していなかったとしてもその点について過失があると認めるのが相当である。」(B一二五裏九行目から一四行目まで)としている。
しかしながら、騒音公害発生の事実を認識して本件空港周辺地域に転入した者について、経験則上、騒音による被害の容認が推定されることは前述のとおりであるから、昭和五二年一月一日以降に転入した者のうちに騒音公害発生の事実を認識していたといえる者があると認定するのであれば、その者につき被害の容認を推定すべきであったのであり、右認識の事実を単に損害賠償額の減額事由とするにとどめることは許されないのである。しかも、前記の認定事実を前提とすれば、少なくとも同日以降の転入者については、特段の事情がない限り、騒音公害発生の事実の認識が推定されるのであって、「認識していなかつたとしてもその点について過失がある」と認めるにとどまることは、前記経験則に違背するのである。
のみならず、第一審判決は、前記のとおり、昭和四九年八月一五日に「福岡空港騒音公害に反対する会」が結成され、同年ころから本件空港周辺地域の騒音問題が主要な日刊新聞紙上に掲載されるようになったと認定しているのであるから、仮に、それ以前における転入者について騒音公害発生の事実に関する事前の認識が認められないとしても、少なくとも同年以降の転入者については、経験則上、右認識を推定し、更に被害の容認を推定すべきであったのである。したがって、右推定をしなかった第一審判決には、理由不備又は理由齟齬及び経験則違背の違法があるというべきである。
三 まとめ
以上のとおり、第一審判決及びこれを引用した原判決には、危険への接近の法理を適用するに当たり、被害の容認の認定について、合理的な理由を付することなく上告人の主張を排斥した点において理由不備又は理由齟齬があるほか、経験則違背の違法がある。そして、原判決の認定に係る被上告人らの被害が精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので直接生命、身体にかかわるものでなく、他方、本件空港に高度の公共性が認められることは原判決の認めるところであるから、被害の容認が認定されれば、前記四五名を除く被上告人らは特段の事情がない限りその被害を受忍すべきこととなり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。 以上
別表1
被上告人らの提訴時住所への居住開始時期(第一次訴訟第一審原告)
空港の沿革等
昭和
年
被上告人らの居住開始時期
(第一審原告番号で示す。)
一九年
以前
150 187 196 197 237 239 244 253 268 275
昭和二〇年五月旧日本陸軍による席田飛行場設置
昭和二〇年八月終戦
昭和二〇年一一月連合国軍により接収され、板付飛行場が建設される。
二〇年
161 287 288
二一年
163 198 199 200 295
二二年
151 179 180 181
二三年
173 174
二四年
262 314
昭和二五年六月朝鮮動乱勃発、板付基地がその主要基地となる。
二五年
227 228
昭和二六年四月ジェット機使用開始、同年一〇月日本航空株式会社による国内航空路線開設される。
二六年
153 154 155 164 182
昭和二七年四月「日本国との平和条約」発効、行政協定二条により施設及び区域として提供、同年一二月福岡市議会において「板付基地撤退並びに国際空港指定」についての決議
二七年
289 300 301
昭和二八年七月板門店休戦
二八年
156 192 193 194 269
二九年
三〇年
165 270
昭和三一年五月F―一〇〇ジェット戦闘機配置、同年一二月沖縄線開設
三一年
201 202
三二年
49 219 220
三三年
143 144 170 171 203 238 271
三四年
276 361 362 363
昭和三五年六月地位協定二条一項(a)により施設及び区域として提供
三五年
157 158 159 216 217 218 304 319 320 321
昭和三六年ジェット旅客機就航
三六年
175 176 177 178 204 221 222 223 224 225 226 248 249 250 258 259 260 272 299
昭和三七年四・五月九州市長会と九州商工会議所連合会において「福岡空港の国際空港指定の促進」について決議
三七年
10 11 12 17 18 19 24 26 28 29 39 43 44 46 47 48 50 51 52 54 55 60 61 62 63 64 69 72 73 74 75 76 77 83 84 85 87 88 89 90 91 92 93 101 261 296 297 298 322 364 366 367
昭和三八年五月F―一〇五ジェット戦闘機配置
三八年
5 6 7 8 23 30 31 32 33 34 36 37 65 66 67 68 86 97 98 99 107 121 123 245 251 273 315 316 317 318
昭和三九年五月在日米軍の再編成の結果、米空軍の主力は横田基地に移駐した。
三九年
58 117 118 133 134 135 136 137 205 246 305 306 338 339 340
四〇年
40 56 78 119 148 149 229 230 231 252 274 279 280 281 309 310 354 355 365
四一年
20 41 282 308
四二年
4 70 71 94 100 195 232 234 235 247 307 311 328 329 330 353
四三年
42 95 116 120 122 128 129 130 131 132 188 189 190 208 241 243 277 278 302
四四年
96 108 109 110 172 183 184 185 191 233 312 331 332 333 334 335 336 337 341 344 345 346 347 348
昭和四五年一二月日米安全保障協議会において板付基地を日本に返還することを決定
四五年
27 124 126 127 186 236 263 265 266 267 342 343 349
四六年
209 210 211 254 255 256 257 323 324 325 326 356 368
昭和四七年三月飛行場は一部専用区域を除き被告国に使用権が返還された。
同年四月、福岡空港開港、航空機騒音防止法による特定飛行場に指定
四七年
25 35 111 112 113 114 115 125 138 139 140 141 142 152 283 284 285 286 290 291 292 293 294 327
四八年
13 14 15 16 21 22 38 53 79 80 81 82 102 103 104 105 106 350 351 352 358 359
四九年
57 145 146 147 166 167 168 212 213 214 215 240 264
五〇年
1 2 3 45 59 160 169 242 303 313 360
本件訴訟(第一次)提起
五一年
162 357
別表2
被上告人らの提訴時住所への居住開始時期(第二次訴訟第一審原告)
空港の沿革等
昭和
年
被上告人らの居住開始時期
(第一審原告番号で示す。)
一九年
以前
23 83 95 96
昭和二〇年五月旧日本陸軍による席田飛行場設置
昭和二〇年八月終戦
昭和二〇年一一月連合国軍により接収され、板付飛行場が建設される。
二〇年
二一年
82
二二年
二三年
17 18 24
二四年
昭和二五年六月朝鮮動乱勃発、板付基地がその主要基地となる。
二五年
昭和二六年四月ジェット機使用開始、同年一〇月日本航空株式会社による国内航空路線開設される。
二六年
昭和二七年四月「日本国との平和条約」発効、行政協定二条により施設及び区域として提供、同年一二月福岡市議会において「板付基地撤退並びに国際空港指定」についての決議
二七年
19 77 84
昭和二八年七月板門店休戦
二八年
二九年
三〇年
92
昭和三一年五月F―一〇〇ジェット戦闘機配置、同年一二月沖縄線開設
三一年
87 88
三二年
三三年
47
三四年
20 44 45 46
昭和三五年六月地位協定二条一項(a)により施設及び区域として提供
三五年
昭和三六年ジェット旅客機就航
三六年
22
昭和三七年四・五月九州市長会と九州商工会議所連合会において「福岡空港の国際空港指定の促進」について決議
三七年
昭和三八年五月F―一〇五ジェット戦闘機配置
三八年
43
昭和三九年五月在日米軍の再編成の結果、米空軍の主力は横田基地に移駐した。
三九年
10 53 54 78
四〇年
四一年
52 55
四二年
6 7
四三年
12 21
四四年
79
昭和四五年一二月日米安全保障協議会において板付基地を日本に返還することを決定
四五年
39 40 41
四六年
27 28 30 31 34 36 37
昭和四七年三月飛行場は一部専用区域を除き被告国に使用権が返還された。同年四月、福岡空港開港、航空機騒音防止法による特定飛行場に指定
四七年
1 2 3 32 48 49 50
四八年
33 38 63 65 93 94
四九年
4 8 9 11 51 64 66 67 68 69
五〇年
29 58 59 60 61 86
本件訴訟(第一次)提起
五一年
5 80 81 85
五二年
70 71 72 73 90
五三年
13 14 15
五四年
16 25 26 42 56 57 62 74 75
五五年
76 91
本件訴訟(第二次)提起
五六年
35 89